あたらし物語
―勝手に オリジナル映画 脚本 ―
オリジナル脚本コーナーにようこそ
どうぞひと味変った”あたらし物語”をお楽しみ下さい
今回のお話は、吉備地方に伝わる温羅伝説をヒントに創作したものです。その昔唐に攻められた百済の 王子が大和朝廷に助けを求めるべく海を渡ったが、船が難破し吉備地方の阿曽郷に打ち上げられた。村 の長老の娘阿曾媛や村の若者が優しく受け入れる中、独裁的な村長によって、追放され山奥に住家を求 める温羅王子と部下たち。 |
阿曾媛と温羅の青春
蔵 王路
登場人物
阿曽媛
温 羅
守 一
長 老(阿曽媛の父)
阿曽媛の母
村 長(守一の父)
守一の母
オキ(村の若者)
エゾ(村の若者)
オキの父
マキべ(守一の仲間)
アンベ(守一の仲間)
親 方
船 主
たたら小屋の老人
アミ(村の娘)
ウリ(村の娘)
村人A
男の子A
B
女の子A
B
チョガン(温羅の部下)
ケジャ (温羅の部下)
チャグ (温羅の部下)
ユジン (温羅の部下)
ペグ (温羅の部下)
ソグ (温羅の部下)
テス (温羅の部下)
チェジ (温羅の部下)
兵士A (温羅の部下)
兵士B (温羅の部下)
兵士C (温羅の部下)
見張り兵
カンジュ(総舵手)
ダサラ (漕ぎ手)
ムグル (漕ぎ手)
漕ぎ手C
漕ぎ手D
楽々森彦命(ササモリヒコ・県主)
エビ彦 (県主の家来)
フナ彦 (県主の家来県主の家来))
県主の家来C
県主の家来D
〇吉備地方の風景
(スーパー)
吉備国を平定した鬼一族の権力が大きくなり中央の権威が届かなくなる事を
恐れた大和朝廷は、吉備津彦命こと桃太郎に率いられた大軍勢を派遣。
〇山の麓
剣、槍、盾で武装した数百頭の犬、キジ、サルが整列している。
桃太郎が、檄を飛ばす。
桃太郎「あの山の上には、莫大な財宝が眠っている!鬼たちを叩き潰した暁には財宝は
お前たちに分け与えよう!」
犬、キジ、サル「おおっ!」
キジが大きく羽ばたき空へ飛び立ち、犬とサルが左右に別れ前進する。
〇鬼城・城壁内
様々の色の鬼たちが、攻撃に備え忙しく動いている。
剣を振り回す青鬼。
麓に向かって弓矢を構える黄鬼。
その横で黒鬼が石落とし器に石を込め、緑鬼がせっせと石落とし器用の石を運
んでいる。
見張り役「(空を指差し)空から来るぞ!」
黄鬼、一斉に弓矢を空に向ける
顔を赤と黒の縞模様に染めた温羅、城から走り出てくる。
温羅「まだ、まだ!撃つんじゃないぞ!もっと引き付けるんだ!」
〇空
隊列を組んで飛んでくるキジの一群の胴体から爪に矢じりを挟んだ足が降りて
くる。
〇鬼城・城壁内
迫って来たキジが急降下してくる。
温羅「今だ!撃てっ!」
黄鬼の弓矢が一斉に放たれ先頭のキジが矢に射抜かれ一回転して墜落、地面に
激突する。
二の矢、三の矢に撃たれ、次々と墜落するキジ。
青鬼たち、剣を振って歓声を上げる。
青鬼たち「やったぞ!ざまあみろ!」
喜びも束の間攻撃をかいくぐって、数羽のキジが矢じりを放つ。
矢じりを顔や胸に喰らい倒れる青鬼と黄鬼続いて大群のキジが襲い掛かり、
矢じりを撃った後、爪で鬼たちの頭を切り裂く。
頭を裂かれ鮮血が吹き出て倒れる鬼。
急降下してくるキジに矢を射かける黄鬼と黒鬼と緑鬼を守ろうと剣を振るい
キジの脚を切り落とす青鬼。
キジ「キエッ‐!」
奇妙な叫び声を上げ、墜落して胸を刺されて絶命するキジ。
必死の攻防が続く。
〇崖の下
桃太郎、犬とサルの軍団に号令をかける。
桃太郎「かかれ!」
サル軍団が崖に取り付き、登り始める。
犬軍団は、崖の下を横に走ってゆく。
〇鬼城・城内
城内の窓から矢が曲射砲のように撃ちだされ、キジの攻撃隊が次々と墜落して
ゆく。
後続のキジが急停止し、上下左右に散らばり、引き返す。
〇崖
崖の中腹を軽快に登るサル軍団。
〇鬼城・城壁内
石落とし器部隊の指揮官の黒鬼が叫ぶ。
指揮官「来たぞ!落とせぇ!」
崖上にズラリと並んだ石落とし器の蓋を閉じている縄にまさかりが落とされる。
縄が切れ、砲口の蓋が開く。
一斉に崖の下に落ちてゆく岩石。
石の洪水に頭を勝ち割られ、跳ね飛ばされがけ下に転がり落ちてゆくサル軍団。
砲身の後方で溝に石を詰め込む緑鬼。
黒鬼が砲身を左右に動かして、登ってくるサルに砲撃する。
崖下を見ている温羅のもとに黒鬼が走ってくる。
黒鬼「城の正面から敵が来ます!」
温羅「何?!」
振り返ると、犬の大群が迫ってくる。
温羅「(青鬼へ)お前ら!正面へ回れ!(緑鬼へ)お前らは盾で防ぐんだ!何としても、
犬の侵入を食い止めろ!」
〇城の正面の坂道
続々と道を登って迫ってくる犬軍団。
緑鬼の兵士が、城から出てきて盾を構えて守備を固める。
青鬼が緑鬼の後ろで、剣を構える。
犬軍団が次々とジャンプして攻撃してくるが緑鬼の盾に阻まれる。
犬の指揮官「前列!道を開けろ!」
前列が左右に別れると、後列の背中に槍を括りつけ犬たちが突進してくる。
犬の兵士が盾にぶち当たり背中の槍が盾を貫き、緑鬼が串刺しになる。
バタバタと倒れる緑鬼。
洪水の様に押し寄せる犬軍団と立ち向かう温羅・青鬼との乱闘。
〇崖の上
よじ登って来たサル兵士が、砲台を守る黒鬼をなぎ倒してゆく。
次々と仲間が倒れて行く傍で、石を撃ち放つ。
しかし、途切れなく登ってくるサル軍団が崖の上を覆いつくす。
〇鬼城
炎と煙に包まれる城。
〇鬼城の山の麓
金、銀の飾り物、鉄製の武器を荷車に山と積んで、桃太郎が、サル、犬、キジ
を従えて行進して行く。
(スーパー)
激しい戦闘の末に、やっと温羅一族を滅ぼした吉備津彦命は吉備国を大和朝廷
に組み入れ統治する。
吉備津彦命は、吉備津国を残虐非道な鬼の支配から救った英雄となった。
桃太郎伝説の誕生である。
この物語は英雄伝説の発端となった敗れし者たちの青春を描いたものである。
〇山の麓・森の入口(夏・早朝)
阿曽媛、静まり帰る森を見渡し、口笛を吹く。
静寂。
もう一度口笛を吹く阿曽媛。
森の端で木の枝が揺れイノシシが現れる。
阿曽媛、振り向く。
猛突進してくるイノシシ。
阿曽媛「(笑顔で)シオーン!」
激突寸前にシオンの耳を掴み、ひらりと背中に飛び乗る阿曽媛。
〇草原
阿曽媛を乗せたシオン、草をかき分け走っている。
川を飛び跳ね、丘を走るシオン。
〇山の中の森
阿曽媛、シオンにもたれて眠っている。
木の葉が垂れ下がって来て、阿曽媛の頬を撫でて水滴を落とし跳ね上がる。
阿曽媛「きゃっ!」
ぱっと立ち上がり頬を膨らまして上を見上げる。
阿曾媛「私の昼寝を邪魔しないで!って、何度言ったらわかるの!」
木の葉が擦れ合ってクスクス笑う。
リスが阿曽媛の肩に飛び乗り、顔をすりつける。
阿曽媛「あはは、くすぐったい・・・」
鹿が体当たりしてきて、角で阿曽媛の体を持ち上げ背中に載せる。
阿曽媛「もう、みんなして悪戯ばっか!」
勢いよく走り出す鹿。
阿曽媛「わ~!」
阿曽媛、慌てて鹿の首にしがみつき、リスも必死に阿曽媛にしがみつく。
〇阿曾郷・全景
朝日が上り、里を照らす。
〇長老の家の前
村から離れた小高い丘に建つ家の近くの木の下で、野菜を摘んでいる村の長老
とその妻。
阿曽媛が束ねた黒髪をなびかせ、家を飛び出してくる。
阿曽媛「いけない!鍛冶屋さんの手伝いに遅れちゃう!(後ろを振り返り)帰ったらいっ
ぱい新しい話聞かせてあげるね」
見送る長老と母。
長老「やれやれ、今日も媛には元気が取り付いているようだわい」
妻「いつまでも男の子っぽさが抜けないで、いいかげん許嫁の守一さんから、愛想つかさ
れそうで心配だわ」
〇阿曽郷
広場を囲んで建っている十軒ほどの鍛冶小屋から、鉄ていを叩く音が聞こえ村
の活気を伝えている。
小屋の後ろには数十軒の竪穴式住居が円形に建ち並んでいる。
村の端を流れる川に沿って、阿曾媛が土煙を上げて猛スピードで走って来る。
〇同・村長の家の並びの鍛冶小屋
片屋根だけの作業場で守一(十七才)が親方に怒られている。
親方「もっと!強く叩かないと鉄に跳ね返されて金槌が自分の脳天に直撃だぞ!全く何度
言ったらやれるんだ。(通りに出てきて)村長の坊ちゃんでなきゃとっくに海の向こ
うに放り出してるところだ」
阿曽媛「おはよう、親方さん!今日も、お空が真っ青ぉ!」
親方「ああ、いい天気だな。今日はあまり手伝ってもらう事も無さそうだね」
阿曽媛、小屋の奥を覗く。
守一、ブスッとしてふて腐れている。
守一「(低い声で呟く)放り出せるものなら出してみろ!お前なんか親父に言ってクビに
してやる」
阿曽媛「一ちゃん!おはよう!元気?」
慌てて見上げる守一。
守一「あっ?ああ~阿曽媛!・・・もちろん元気さ!媛の為に、今日も頑張るぞ!」
阿曽媛「その調子よ!」
阿曽媛、守一の差し出した手を無視して駆け出してゆく。
守一「また、俺を無視して!(泣き声で)許嫁なんだからもう少しかまってくれよ!」
〇港
荷物置き場と馬の留め置きが建っているだけの浜辺である。
船から渡り板を渡って荷物がせっせと砂浜に荷揚げされている。
船主が、荷物(鉄ていと砂鉄)を検分し、人夫に指図をする。
船主「さあさあ、積んで、積んで。早く阿曽の郷へ運んで、たんと昼飯をごちそうになろ
うじゃないか」
船主が先に歩き、荷物を積んだそりを引く馬を引く人夫。
阿曽媛が走って来て横に並ぶ。
阿曽媛「おじちゃん!ごきげんよう」
船主「これはこれは、長老とこのお嬢ちゃん(合いの手を打ち)ちゃんと忘れないで、仕入
れてきましたよ。都の土産!」
阿曽媛「早く聞かせて!聞かせて!」
と、船主の腕を掴む。
〇道
馬そりの前を歩いている阿曽姫と船主。
船主「近頃、都の街の通りが急に華やかになりましたな」
阿曽媛「どうして?」
船主「新しい王様が都を作り直しているのじゃ。それで女の人がみんな、赤や黄色や緑や
青色に染まった着物を着る様になったんじゃ。あんまり見とれて歩いてたら、屋敷の
白壁に激突!顔中真っ白けになるわ、鼻血が止まらなくなるわ、もう眼が回ってしま
って道端にヒックリ返ってしまいましたわ」
阿曽媛「あはは、・・それから?それから?」
船主「あ~っ!もう村に着いてしまった。続きはまた後でな」
〇阿曾郷・鍛冶小屋の前
村長が船主を出迎える。
村長「よういらした、待ちかねましたぞ。媛、守一がず~っと探していたようだぞ」
阿曽媛、馬の横に並び首を撫でる
阿曽媛「(そっけなく)そう?」
村長、人夫が荷物をそりから降ろすのを見て
村長「今日はいつもより少ないような気がするが?」
船主「どうも半島の情勢が良くないようで・・このところ品物の入りが良くないので御座
います」
村長「どうゆう事ですかな?」
船主「新羅と唐が連合して攻め込んできて、百済が窮地に陥っているとの噂です。しかし
確かな事は分かりません」
村長「う~ん、それは困った事だのう」
船主「阿曽郷の鍋やすきの品は丈夫で長持ちすると評判が良いのに本当に残念な事ですわい」
阿曽媛「(呟く)鉄ていが無くなるの?」
山の方を見たと思ったら一気に駆け出す阿曾媛。
〇山の麓の川沿い
阿曽姫が走って来る。
〇たたら製鉄小屋
小屋に走り込んでゆく阿曽媛。
〇同・中
中を見渡す阿曾媛。
老人が、高く積まれた鉄ていの横で寝そべっている。
阿曽媛、老人の前を通り鉄ていを見上る。
老人が眼を覚まし
老人「おや、長老のとこの媛さんじゃないか?今日はあいにく風がさっぱり吹きよらんで
仕事にならん。手伝ってもらう仕事は無いのう」
阿曾媛、鉄ていを撫でホッとする。
阿曾媛「ううん、いいの!」
〇長老の家の前(夕方)
長老の妻が、少し離れた所で野草を積んでいる。
風が強くなり、黒い雲が空を覆ってくる。
長老の妻、風になびく髪を押え村の先の海を見つめる。
海は波頭が高くうねり、雨が降っている。
長老と阿曽媛、暴風雨にさらされる村を眺めている。
長老「こんな雨風は初めてだ。今夜は戸口をしっかり閉じておかないと家が飛ばされてし
まうかもしれない・・・村の備えは大丈夫だろうかの」
阿曾媛「森と動物たちも心配だわ」
長老「安心をし、森はいつだって一番安心な場所さ。(妻へ)お~い、戻って来い!」
〇阿曽郷
数軒の鍛冶小屋では道具を奥に押し込み縄で固定する作業をする人や、広場を
囲んで建っている家々の周りに土を高く盛って補強する村人などで慌ただしく
なっている。
〇村長の鍛冶小屋
親方と守一、強風に煽られながら道具を奥に移動して藁を被せ縄で結ぶ作業を
している。
親方「まだ縄を結べてないのか!風に飛ばされて、明日から仕事が出来なくなっちまうぞ!」
守一「い、言われなくても、分かってるよ!」
親方「それじゃ、さっさとやれ!」
守一、やっと結び終わる
親方「よし、行け!」
と守一の尻を蹴る。
守一「(振り向き)イテッ!何すんだよ!」
親方「お前がグズグズしてるから、俺の家が水びたしになっちまうんだよ」
守一、外に飛び出し転んで泥だらけになって自分の家に転がり込む。
親方、守一を見届け、広場の向かい側に駆け出す。
〇港(夜)
海の沖合の波が大きくうねり、波飛沫が舞い散っている。
物置き場の小屋に大波が多い被さり、跡形もなくなる。
〇大嵐の海(夜)
逆巻く大波の上に現れては消え、消えては現れ、翻弄されている一隻の軍船。
〇軍船・甲板
兵士たちが、大波を受け右に左に大きく傾く甲板の上で転げまわり、船べりに
打ち付けられる。
泣き顔で、必死に舵を操る操舵手のカンジュ。
カンジュ「漕ぎ手もいねえ百済国の敗残兵の船のかじ取りなんか、俺は何んで引き受けち
まったんだ!ちくしょうめ!全くお人好しすぎるぜ!」
〇同・船底
船が傾くたびに右の窓から、左の窓から、流れ込む海水を被りながら必死に櫂
をこぐ4名の男たち。
ダサラ「今回だけは、神様にも見放されたようだな」
〇同・甲板
温羅、柱につかまり大波の襲来に耐えている。
温羅「左舷から波が来るぞ!縄を体に巻き付けてしがみつけ!」
大波を被り、海に投げ出された兵士が、見る間に波間に消えてゆく。
温羅「(海を見つめ)クソ~!」
いきなり甲板が垂直近くに傾く。
温羅、足を滑らせ手が柱から離れる。
柱に体を縄で巻き付けているチョガン、目の前を船の後方に落下してゆく温羅
に叫ぶ。
チョガン「温羅王子~!」
温羅「チョガ~ン!」
かろうじて船尾の舵につかまる温羅。
カンジュ「運がいいぜ!アンタ」
カンジュ、温羅の手を掴もうとした途端、船首が大波の頂上から波底へガクン
と下がり、温羅の体が今度は船首に流される。
チョガン「王子~!」
眼の前を往復する温羅を見て眼をつむり死を覚悟するチョガン。
船首が海の中に突っ込む
。
船首に捕まった温羅も海に突っ込んで行く。
甲板で必死につかまっている兵士た ちが、息を飲んで見つめる。
船首が海水を持ち上げて現れると、船首のヘリにつかまっている温羅が現れる。
兵士たちから安どの声が漏れる。
チョガン「温羅王子!頑張れ!」
水平になった船の甲板の中央に戻って来る温羅。
兵士たち「良く!ご無事で!」
洩れ響く安堵と喜びの声。
〇海原
嵐が収まった海原に漂う軍船。
〇軍船・船底
櫂に体を倒してぐったりしている4人の漕ぎ手。
ムグルが横のダサラに話しかける。
ムグル「へへへ、今回もおめえの予想が外れたな」
ダサラ「だから、みんな、これまで生き延びられたんじゃねえか」
〇同・甲板
温羅、ぐったりしてへたり込んでいる。
カンジュに近寄り肩を叩いてねぎらうチョガン、船べりにつかまりやっと立ち
上がるがすぐに倒れそうになる。
温羅、慌ててチョガンの腕を掴み体を支える。
温羅「まだ座ってた方が良い」
チョガン、船べりを掴んで
チョガン「なんの、大丈夫だ。気にせんでくれ」
ケジャ、報告にやって来る。
ケジャ「報告します。3名が波にさらわれ、現在行方不明、残念ですが周りに見当たらな
く死亡したと思われます。他に軽傷を追っている者が数名!」
温羅「そうか・・・ご苦労」
温羅「(甲板を見渡して)みな、良く頑張ったぞ!」
カンジュ「ん?・・・やばいぞ!」
勝手に曲がり始めた舵にしがみつくカンジュ。
船首が急激に左に曲がっている。
船首の見張りの兵士Aが大声を上げる。
見張り兵A「右前方に渦巻きを発見!」
船の右側前方の海がに荒波を立て渦を巻いている。
右側の船べりに移動して渦巻きを見る兵士たち。
傾く軍船。
カンジュ「馬鹿者!全員片っ方に移ったら船が傾いて沈没してしまうじゃねえか!戻れ!
左へ戻るんだよ!」
焦って左側へ移る兵士たち。
〇海
渦巻きに吸い寄せられてゆく軍船。
〇甲板
船の進行方向を左に向けようと必死に舵を左に押しているカンジュ。
カンジュ「やべえ!渦に引き込まれちまう!」
温羅「諦めるな!がんばるんだ!」
温羅も一緒に舵を押す。
〇船底
窓からグングン近づいて来る渦巻きが見えてくる。
ダサラ「これはやべえぜ。おい!お前らもこっち側に移って漕いでくれ」
漕ぎ手C、D「おうよ!」
左側の漕ぎ手、CとDが右側に移動してダサラとムグルに並んで漕ぎ始める。
〇海
渦巻きに近づいてゆく軍船。
〇船底
一本の櫂を二人づつ必死に漕ぐ4人。
窓の外には渦巻きが迫って来ている。
〇甲板
へさきで目の前に迫って来る渦巻きを呆然と見つめる百済兵たち。
歯を食いしばり舵を左に押し付けるカンジュと温羅。
〇船底
目の前に迫る渦巻き。
窓から入って来る荒波が漕ぎ手たちに打ち付ける。
ダサラ「ぷあ~!竜神様~!見捨てないでくれよ~!」
ムグル「漕げ!漕ぐんだ!死んでも漕ぎ続けろ!」
〇甲板
カンジュ「大将!見て!渦巻きが!離れて行く」
温羅「おお~!」
又舵に力を込めるカンジュと温羅
〇海
ついに渦巻きの海流から逃れた軍船が渦巻きを後方に置いて進み始める。
〇船底
窓から見える渦巻きが後方へ流れて見えなくなる。
ダサラ「助かった~!」
ムグル「やったぜ!」
4人の漕ぎ手全員が、万歳して脱力する。
〇甲板
温羅、カンジュの肩を叩いてねぎらい の挨拶をして中央へ歩いて行く。
帆を降ろした柱の前で、チョガンとケジャが待っている。
チョガン「またもや命拾いしましたな。王子の運の強さには敬服です」
温羅「皆が良く頑張ったおかげさ。ん?」
海に何かが落ちた音がする。
船底から怒鳴る声が聞こえてくる。
ダサラ(off)「おーい!板がどんどん落ちてくぞ!」
チョガンとケジャが船べりに走り、下を覗く。
板が剥がれ隙間だらけの船腹。
ケジャ「まずいぞ!このままじゃ沈没する」
チョガン、周りを見渡し
チョガン「陸地も見えん。どうすれば・・・」
温羅も下を覗く。
温羅「この辺は島が多いと聞く。重いものを捨てとにかく進むしかない」
チョガン「(兵士たちに向かって)みんな!聞いたか!荷物を捨てるんだ!」
ケジャ、船べりを乗り出し船底へ怒鳴る。
ケジャ「お前らは!漕ぐのを休めるな!」
兵士たちが散らばり、鎧兜を脱ぎ捨て、荷物の入った箱と一緒に、海に投げ捨
てる。
〇瀬戸内海
霧がかかった暗闇の中、ボロボロに壊れ沈みかけた軍船が波間を漂っている。
〇軍船・船底
4人の漕ぎ手が、体半分海水に埋まりながらやっとの思いで櫂をこいでいる。
漕ぎ手C「(反対側のダサラに向かって)今まで何でもお前のいう事に従って来たが、こ
れからは自分勝手にさせてもらうぜ」
と、漕ぐのを止めて櫂から手を離す。
ダサラ「俺は今まで強制した事なんかないぜ。勝手にすりゃいいさ」
漕ぎ手D「この状況で自分勝手も何もないもんだ」
ムグル「俺は俺の仕事をやるだけだ」
もくもくと櫂をこぎ続けるムグル。
その間にも水位が少しづつ上がり続けている。
〇甲板
裸の兵士たちが寝そべり、温羅とチョガンが船べりに手を掛け目を凝らして暗
闇の彼方を見つめている。
温羅「(静かに)チョガン、今、島影が見えたような気がしたんだが?」
チョガン「はて、私には何も見えませんが」
船底から、4人の漕ぎ手が慌てて登って来る。
ダサラ「もう限界だ!」
その時、ガクッと船が海に沈み、甲板まで海水が上がって来る。
4人の漕ぎ手が足を取られ海に投げ出される。
漕ぎ手4人「うわあ~!」
温羅「クソ!」
兵士たちが、慌てて船べりや柱にしがみつく。
チャグ「あ~っ、もう駄目だ!」
どんどん水かさが増して来て兵士たちの悲鳴が大きくなる。
温羅「諦めるな!みんな!板切れをはがせ!板切れにつかまるんだ!」
兵士たち、我先に板をはがし始める。
〇海
ボロボロの軍船がゆっくり沈んで行き、板切れにつかまった温羅と兵士たちが、
波間に漂っている。
〇阿曽郷(早朝)
広場が、木の枝、木の葉、鍛冶小屋の屋根、などで埋め尽くされている。
村人たちが、様子を伺いながら外に出てくる。
〇長老の家
家の周りは、折れた木の枝が散乱し、大きな水たまりが出来ている。
阿曾媛、長老、母親が家から出てくる。
阿曾媛「うわあ、こんなに木が倒れてる」
長老「いやあ、生きた心地がしなかったわい」
母親「よく家が飛ばされなかったわね」
阿曾媛「私、森の様子を見てくる」
長老「森は大丈夫だよ」
阿曾媛「すぐ戻るから」
阿曾媛、駆け出してゆく。
〇浜辺
十五名の人影が水際に打ち上げられ波に洗われている。
〇浜辺の近くの丘
村の男の子二人と女の子二人、登って来て浜を見下ろす。
男の子A「あっ、人が倒れてる?」
男の子B「行ってみよう」
女の子B「怖い」
男の子B「平気だって」
男の子二人、駆け下りてゆく。
女の子たちは渋々追いかけてゆく。
その後に、シオンに乗った阿曾媛が駆け上がって来る。
シオンの顔を撫でながら語り掛ける阿曽媛。
阿曾媛「父さんの言う通り、木の葉の精たちが森とお前たち森の生き物を守ってくれたん
だね(浜辺に眼を移し)ん?大変!」
阿曽媛、イノシシから降りて背中を撫で
阿曾媛「シオン、お前は森に帰ってて」
シオンが元来た方へ帰って行き、阿曾媛は丘を下ってゆく。
〇浜辺
4人の子供たち、恐る恐る倒れている男たちに近づいてゆく。
上半身裸の男たちが、のろのろと顔を上げ、眩しそうに周りを見渡す。
女の子A「生きてる!」
子供たち、体を寄せ合い見つめている。
半裸のケジャが近づいてきて、男の子Aの前に跪いて話しかける。
ケジャ「ここはどこだ?ここは大和か?」
男の子A、怯えて後ずさり
男の子A「何て言ってるのかわかんない」
逃げ出す。
残った3人、顔を見合わせ、男の子Aを追う。
温羅、横腹から血を流しているチョガンを抱き上げる。
温羅「チョガン、大丈夫か」
チョガン「温羅王子!無事でしたか・・・どうやら漂流物と衝突したようだ」
ケジャ、やって来る。
温羅「ケジャ、大丈夫だったか!・・・ほかに何人たどり着けた?」
ケジャ「この浜に着いたのは、我らの他には兵10名と漕ぎ手二人と総舵手だけ」
温羅「そうか・・・」
阿曾媛「これを使って」
阿曾媛、布を差し出す。
見上げる温羅。
温羅「?・・・ありがとう、助かる」
温羅、布を受け取りチョガンの腹に巻き付ける。
温羅「これで少しは楽になるだろう」
チョガン「はあ~、(阿曾媛に)どうもご親切に」
阿曾媛、言葉が分からずニッコリとうなずく。
温羅「・・・(ここから日本語で)俺たちは百済から来た。ここはどこだ?」
阿曾媛「あっ、言葉が分かるのね。ここは吉備の国、阿曽郷よ
」
温羅「都の近くか?」
阿曾媛「都?都はもっとずうっとずうっと遠いところだよ」
温羅「そうか・・・」
落胆する温羅を、不思議そうに見つめる阿曾媛。
チョガン、立ち上がろうとする。
チョガン「ウッ!(顔をしかめる)」
温羅「チョガン!」
阿曾媛、思わずチョガンの手を取って体を支える。
阿曾媛「傷の手当てが必要だわ」
〇村の広場の入り口
村長、守一、マキべ、アンべがたちふさがっている。
子供たちが入口めがけて歓声を上げて走って来る。
男の子A「知らないお兄ちゃんたちがいっぱいいたよ」
女の子A「大怪我してる人もいるんだよ」
子供たちの後ろから、チョガンを背負う温羅と阿曾媛を先頭に兵士たちが歩い
て来る。
村長が阿曽媛に近づき、二人を止める。
村長「阿曽媛や、この者たちをこの村の中には入れる事は出来ないぞ」
阿曽媛「どうして?早く手当てをしないと死んでしまうかもしれないのよ」
村長「それは本当に気の毒だが、村に災難を運んで来るかもしれないものを未然に防ぐの
がわしの仕事じゃ」
阿曽媛「災難を受けているのはこの人たちなのよ」
村長「可哀想だが、村の決まりだ」
村の若者オキが、たまりかねて村長の前に出る。
オキ「俺は、そんな決まり初めて聞いたぞ」
村長「わしが村長になった時からそういう決まりになったのだ」
阿曽媛「横暴よ」
オキ「村長さん、身一つで腹をすかして怪我人だらけの者たちが災難を起すとも思えない
がな」
村長「小僧っこに何が分るって言うのだ。(温羅に)お前さん方がどこから来たんじゃ」
温羅「百済から来た。船が嵐にやられてしまった」
村長「百済の落人か。こんな連中を匿ったら、この村が唐と新羅の追手に攻め込まれない
とも限らん。厄介者は御免だ!」
温羅、悲しげに村長の顔を見つめる。
温羅「(チョガンに)行こう・・・大和の都へ」
温羅と兵士たち、戻ってゆく。
阿曾媛「(守一に)一!止めて!」
守一「諦めろ!よそ者とは関わるな!」
阿曾媛「腰抜けの薄情者!もうあんたとは絶好よ」
阿曾媛、怒りに震え兵士たちを追う。
〇海岸沿いの林の前(夕方)
砂浜に座っている温羅の傍らに腹から胸にかけて渡した二本の棒を布で縛られ
たチョガンが横たわっている。
ケジャが近づいてきて覗き込む。
ケジャ「(温羅に)大丈夫でしょうか」
温羅「どうやらな。阿曾媛とやらの娘がくれた薬が効いているようだ」
ケジャ「しばらく、ここに留まることになりますか」
温羅「まずは体力をつけねば」
ケジャ「そうなのです、腹が減ってどうにもなりません」
〇海岸(夜)
ユジン以下、数名の百済兵が海の中に入り、細長い木で海の中を突いている。
ユジン「クソッ、何も獲れやしねえ!」
海から上がってきて棒を投げ出し砂地に大の字に寝転がる。
〇海岸沿いの林の前
温羅とケジャ、ユジンたちを眺めている。
ケジャ「今日も獲物は無しか・・・」
ケジャ、がっかりして座り込む。
〇村の広場の外れ(早朝)
オキとエゾ、アミとウリが、松明を掲げ鍋を下げた棒を担いで待っている。
阿曾媛、両手に籠をもって下りてくる。
ウリ「わあ~、重そう」
阿曾媛「いっぱい飯を食べてもらおうと思って」
オキ「さあ、行こうぜ」
〇海岸沿いの林の前
眠り込んでいる温羅と兵士たち。
オキ、少し離れた場所で、かまどの火に枝をくべている。
アミとウリ、鍋を木の枝でかき混ぜている間にエゾが薪を運んでくる。
阿曾媛、温羅たちが寝ている方へ近づき両手で持った木の枝を叩く。
(カン、カン、カン)
温羅、ケジャ、飛び起きて身構える。
阿曾媛「さあ!起きてください!食事ですよ」
ケジャ「だ、誰だ?!」
他の兵士も何事かと飛び上がる。
エゾ「心配するなよ。とって食おうなんて思っちゃいねえからさ」
ケジャ「む、村の人間がなんの用だ」
チョガン「・・・阿曽媛殿ではないか?」
阿曾媛「ふふふっ、みなさん!お腹がすいてるかと思って?」
ケジャ「(温羅に確認するように)温羅王子?」
阿曾媛「(温羅を見て)王子様なんだ」
温羅、かまどを見て
温羅「大丈夫だ、ケジャ、みんな!飯だぞ!」
兵士たち「おお!」
右手に握り飯を、左手にスープの入ったお椀を持ち、黙々と食事をする男たち。
アミとウリが男たちにスープのお代わりを注ぎ、忙しく動いている。
アミ、ユジンにスープを注ぎ、微笑む。
ユジン「ありがとう、すごくおいしい!」
オキとエゾ、薪をくべる手を休み、満足気に見ている。
ウリ、ケジャの横にやって来て、地面に置いてある椀に汁を盛って差し出す。
ウリ「お汁のお代わり如何ですか」
と、笑いながら手で制止して腹を出して擦ってみせる。
ケジャ「ありがとう、でも、もう食べれないよ・・・ちょっと待って」
ケジャ、木の枝を拾い小刀でスプーンの形に削る。
ニヤリとしてスプーンを見せつけ、鍋からスープをすくってウリの口に入れる。
ウリ「アッ!・・・お、おいしい!」
阿曾媛、横になっているチョガンの体を起して
阿曾媛「これで力をつけてくださいね」
とお椀をチョガンの口元に持って行く。
スープを飲み微笑むチョガン。
チョガン「ああ~生き返った。寿命が百年延びたみたいだ」
温羅「それじゃ俺の方が先にあの世に行ってしまうな(笑い)」
満足そうに微笑む阿曽媛。
阿曾媛「ふふふ」
〇浜の林の中(昼)
ユジンが上半身裸になってなたで木を切っている。
視線が気になり振り向くと木に寄りかかっているアミが微笑み手を振る。
ペグがオキとエゾに、ジェスチャーで剣の使い方を教えている。
〇浜辺(夕方)
いかだの周りに集まっている温羅、阿曾媛、チョガン、兵士たち。
オキとエゾがいかだに飛び乗り、ユジンと兵士たちが海に押し出してゆく。
オキ「オッ!オッ!」
早くも縄の結び目が緩んでくる。
エゾ「海の上を走ってるぞ!」
ユジン、飛び乗る。
ユジン「やったあ!」
振動で縄の結び目がほどけてくる。
ユジン「あ~、だめだ!」
縄が完全にほどけて丸太がバラバラに離れてゆく。
海に投げ出される3人。
阿曾媛が笑い転げ、しょんぼりする兵士たち。
数人の兵士と林の近くで見ているカンジュ、ダサラ、ムグル。
カンジュ「縄の結びも出来ねえド素人が」
ダサラ「残念だけど、俺も漕ぐことしか能がねえ」
ムグル「俺は久しぶりに笑ったぜ」
〇港から離れた林の中
渋い顔で見つめている守一、マキべとアンべ。
〇浜辺
ダサラとムグルが、4人の兵士を乗せたいかだを海に押し出す。
後ろで見守っているカンジュ。
カンジュ「沈まない程度のものは作ってみたが、こんないかだじゃ、この海を渡るのは、
到底無理な話だ」
〇村の広場
広場の中心の柱の前で村長に詰め寄るオキとエゾ。
オキ「あれから何日も過ぎたけど、追手の兵隊も来ないし、連中だっておとなしいもんだよ」
エゾ「そうだよ。祭りの時くらい一緒に騒いでもいいんじゃないの」
村長「いいや、ああいう連中はいつ暴発するとも限らない。大体が港に居座っているのを、
許している事自体がわしには大きな譲歩なんだからな」
オキ「村長には、何を言っても無駄だな」
村長「そうだ!だから何も言うな」
〇村長の鍛冶小屋の後ろ
守一と仲間マキべとアンべ、苦々しい顔で見つめている。
〇浜辺(夕方)
兵士たちが、浜に漂着した丸太や、林から拾ってきた枯れ木を積み上げている。
阿曾媛と温羅、波打ち際に立って水平線に消えてゆく真っ赤に燃える太陽を眺
めている。
温羅「いろいろありがとう。なんて感謝したらいいか」
阿曾媛「困っている人を助けただけ。当然のことよ」
温羅「我らは、大和朝廷の大王に援助を乞う為に来たのに、こんなことになってしまって。
早く戻らないと我らの国が新羅に滅ぼされてしまう」
阿曾媛「まさか、あのいかだで行くつもり?」
温羅「行けたら、行きたいものだが・・・」
阿曾媛「あっ?いい匂い。行きましょう」
温羅「(少し戸惑い)あっ?ああ・・・」
阿曾媛、温羅の腕を掴み焚火へ向かう。
焚火の周りに、木の枝にさして炙った魚から油が垂れている。
オキ、エゾ、アミ、ウリと兵士たちが、焚火の周りを取り囲んでいる。
エゾ、魚を差した枝を掴んで匂いを嗅ぐ。
エゾ「全く、この匂いときたら(恍惚となり)誰か!よだれを止めてくれ!」
兵士たち「あははは」
オキ「もう我慢出来ねえ!お前の涎まみれになる前に、俺に回せ!」
エゾが咥えてる魚を奪い取るオキ。
ケジャがウリのところへ焼けた魚を持って来て、隣に座る。
笑顔で差し出された焼き魚を受け取るウリ。
ユジン、焼き魚の肉を歯で千切って手で掴みアミの口元に持って行く。
ユジン「あ~んして」
アミ「あ~ん」
アミの口に魚肉を入れるユジン。
アミ「ん~、おいしい」
笑って見つめるユジン。
皿のような器で白濁の酒を飲みながら、踊りだすチョガンと兵士たち。
ダサラとムグルが調子はずれの踊りを踊っている。
ケジャもウリの手を引っ張って踊りの輪に加わる。
ユジン、アミと立ち上がり体が接触するほどに向き合って踊る。
温羅、阿曾媛を促し一緒に踊りの輪に加わる。
守一、マキべ、アンべが、木に寄りかかり不満げに踊りを見ている。
温羅と互いに見つめ合いながら踊る阿曾媛。
マキべ、守一を肘でつつき阿曾媛を指差す。
守一「ん?・・・あの野郎!」
怒りの形相で踊りの輪に向かう。
踊りの輪から千鳥足で出てくるチャグ。
守一、温羅と阿曾媛に近づこうとした時、ふらついたチャグが守一にぶつかる。
チャグ「失礼」
守一「何しやがるんだ!この野郎!」
守一、攻撃されたと勘違いしてチャグを殴る。
チャグ「ウッ!」
温羅の足元に倒れるチャグ。
温羅、チャグを助け起こして守一を見る。
守一「媛となれなれしくするんじゃねえ!」
温羅「カッカするな。みんな、久しぶりに楽しんでるんだ」
守一「なんだ、おめえ!態度がデカいんだよ!俺は村を取り仕切ってる村長の跡取りだぞ!」
温羅に詰め寄り、睨みつける守一。
ケジャとユジンが駆け寄って来る。
温羅「(ケジャとユジンに)大丈夫だ!手を出すんじゃないぞ」
守一「クソッタレ!」
守一、温羅に殴り付けるが、軽くかわされ勢いあまって砂地に顔を突っ込む。
マキべ「こいつ!」
マキべとアンべ、殴り駆けるがチョガンと数名の兵士に立ちふさがれて、すご
すご引き下がる。
守一、立ち上がり、顔の砂を落とし
守一「くそ~!覚えてやがれ!」
阿曾媛「一ちゃんこそ!いきなりやって来て、失礼だよ」
守一「お前こそ、こいつらを甘やかして!後でどんな酷いことになっても知らないからな」
守一、未練がましく後ずさりしながら去って行く。
マキべとアンべ、兵士たちを睨みながら守一の後を追う。
阿曾媛「ごめんね。楽しい夜をめちゃめちゃにしちゃって」
温羅「(笑って)良いって。心配ない」
〇村の広場(朝)
周りの鍛冶小屋から、時折鉄を打つ音が聞こえる。
〇村長の鍛冶屋の前
青空に向かって大きなあくびをする村長。
空のそりを引く馬を連れた船主が近づいて来る。
村長「今日は鉄ていは持ってきてないのかね」
船主「鉄ていが入らないどころじゃありませんて。我が国が総力を挙げて送った軍隊が、
唐と新羅の連合軍に大敗したという事ですわ。もうすぐ唐の大軍勢が我が国へ攻め入
って来るという噂がめっきりです。都じゃ貴族の車が行ったり来たり、混乱の極みに
達しております」
村長「ほう、しかしここは都からは遠い」
船主「いやいや、安心してると大変な目に遭いますぞ。百済から追われた何万人もの難民
が押し寄せてくるやもしれませんぞ」
村長「そりゃあ、大変なことになるな」
船主「くれぐれも用心して、難民阻止の準備をしておくことが肝心ですぞ」
村長「分かっておる。分かっておる」
船主「では、鍋と鍬をもらっていきます」
村長「ああ、(後ろを向いて)お~い、守一!船主さんに渡す荷物を持って来い」
守一(OFF)「あ~、分かった」
鍋と鍬を持ってくる守一。
村長「ほら!早くそりに積むんだよ!」
守一、のそのそと荷物を積み込む。
船主「ありがとうございます。次はいつ来れるか分かりませんが、それまでごきげんよう」
船主、そそくさと馬を引いてゆく。
見送る村長。
村長「この村にはその危険な第一歩がすでに存在しておる。早く取り除かなければな」
〇浜辺の林の中
温羅と兵士たちが、木々に隠れ、浜を覗いている
〇浜辺・船着き場
停泊している船に向かって歩く馬を引いている船主。
〇浜辺の林の中
ケジャ「王子、今が絶好の機会です。あの船に乗って大和に行きましょう」
温羅「そうだな、この地で無駄な時間を費やしてしまった。ここは慈悲にすがろう」
チャグ「王子!ああいう連中の頭の中は金勘定だけです。ただで乗せてくれるわけがない
船を乗っ取ってしまいましょう。幸い警備兵が一人もいません」
チョガン「俺たちは強盗じゃない。れっきとした百済王の軍隊だ」
チャグ「今は一刻を争う時だぞ」
温羅「だが、な・・・」
ケジャ「まずは私が頼み込んでみます」
チャグ「俺も行く」
ケジャとチャグ、剣を掴み飛び出す。
〇船着き場
船主、船の下に着く。
船主「お~い、戻ってぞ!荷物を積んでくれ」
船員OFF「へーい」
ケジャ、チャグ、温羅がそっと船主の後ろに近づく。
船主の背中に剣を突き付けるケジャ。
船主「ヒッ!」
ケジャ「ゆっくりこっちを向くんだ」
船主「(振り向き)ど、どうか命だけは」
温羅「頼みがある。素直に聞いてくれるなら、危害は与えぬ」
船主「ど、どんな頼みで」
チャグ「俺たちを大和の都まで運んでくれりゃすむことだ」
船主「み、都へ行ってどうなさるおつもりです」
温羅「私たちは百済王の軍隊だ。大和の大王に援軍を頼みに行く」
船主「・・・残念ですが、その望みは叶いそうに有りませんよ」
ケジャ「お前は何を言ってるんだ!」
チャグ「殺されたいのか!」
と剣をのどに突き付ける
船主「め、滅相もない」
〇丘の上
浜辺を覗いてる守一、マキべ、アンべ。
マキべ「あいつら何をしてるんだ?」
アンべ「アッ!剣を抜いたぞ!」
守一「あいつら!船を乗っ取るつもりだ」
〇船着き場
船主「お願いします!話を聞いてくださいませ」
温羅「(チャグを制して)まあ、待て。話を聞こうじゃないか」
チャグ、剣を下す。
船主「あなた様方のお国を守るために、我が国の軍隊は派遣されたのです」
温羅「(喜び)何と!」
ケジャ、チャグ「おお!それを早く言わんか」
船主「しかし、新羅と唐が手を結び」
温羅「何?新羅と唐が?」
船主「新羅と唐の連合軍に白村江の戦いで壊滅的に破れてしまいました。そして百済は新
羅に制服されてしまいました。・・つい先だっての事でございます」
チャグ「きさま、ウソをつくと許さんぞ」
船主「(頭を垂れ)お気持ち、じゅうぶんお察しいたします」
ケジャ「信じられぬ・・あまりにも早すぎる」
温羅「我らの国は消滅したというのか」
ケジャとチャグ、波間に膝を落として泣き崩れる。
〇丘の上
守一、きょとんとして見つめている。
守一「一体、どうなってるんだ?」
〇船着き場
呆然とする温羅たちを残し、船が去って行く。
〇長老の家の前
赤紫色に燃える太陽が、ゆっくりと海の中に潜り込もうとしている。
座って浜辺を見つめる阿曾媛の顔が怯えている。
長老が傍に座り、なだめる様に阿曾媛の肩に手を置く。
阿曾媛「(見上げて)父さん、太陽が海に飲み込まれてしまう」
長老「安心をし、明日の朝には又拝めるから、しかしこんな太陽は初めてじゃ。不吉な事
が起きる前触れでなければ良いが」
阿曾媛、長老の手をギュッと握りしめる。
〇浜の林の中
だらけた姿の百済兵たち。
木に寄りかかって酒をあおる者。
仰向けで力なく葉っぱをむしる者。
剣で意味なく小枝を切る者、等々。
温羅、魚を担いでくる。
酒瓶を片手にのびている兵士の尻を思い切り蹴る温羅。
温羅「おい!この酒はどこから手に入れたんだ!まさか盗んだんじゃないだろうな」
のろのろ起き上がる兵士。
テス「どこから手に入れようが自分の勝手でしょ。国が潰れたんだから軍隊もねえんでし
ょ。おれは勝手にやりますよ」
温羅、兵士の胸をつかみ
温羅「何を言うか!百済の誇りを無くしたのか。お前はただのクズ野郎だ!」
怒鳴りながら顔を殴り続ける。
ケジャ、後ろから温羅の腕をつかむ。
ケジャ「止めてください!王子!・・・何回殴ったら俺たちの国が戻って来るんですか?
今の俺たちに何の希望があるって言うんですか」
温羅、振り返りケジャを睨みつける。
温羅「恐れを知らぬ勇猛果敢な百済の兵士の姿がこれか?・・・(ケジャの肩に手を置い
て)ケジャ、お前は副官だろ?副官はみんなに規律を守らせるのが仕事だろう?村の
娘らの施しでだらしなく酔っぱらって・・・我らの恥と思わんか?」
ケジャ「・・・」
〇村長の鍛冶小屋(朝)
守一、熱心に鉄を打ち、刀を作っている。
親方、守一に近づいて
親方「やけに熱心じゃないか。包丁にしちゃ随分と長そうだが?」
守一「(うるさそうに)護身用の刀さ。無法者が何をやらかすか分からないからな」
親方「慣れないことに手を出して、せいぜい大怪我をしないように気を付けるんだな」
〇村の広場の外れ
鍋を持った阿曾媛、アミ、ウリが村の出口に向かっている。
守一、マキべ、アンべが、横から飛び出してきて立ちはだかる。
守一「あいつらのところへ行くのは禁止する」
阿曾媛「あんたに指図される義務はない!」
守一「奴らは、船を襲ったり、物を盗んだりうそつきの無法者だ!いつこの村を襲ってく
るか分からんのだぞ。恩を仇で返すのが平気な連中だぞ」
阿曾媛「嘘よ!船主さんもちゃんと船で帰ったし、食い物や着るものだって私たちが上げ
たたものなんだから。みんなあんたのでっちあげだわ」
アミ「兵隊さんは、みんな優しいもん」
守一「船主が無事帰れたのは、勇敢な船主に怖気づいて略奪に失敗しただけのことさ」
ウリ「嘘よ!」
阿曾媛「あんたの頭じゃ、作り話を考えられるのも、せいぜいそんなところかもね」
守一「う、?じゃないぞ!あいつらは無法者のならず者だ!」
阿曾媛「勝手にたわごとを言ってなさい。(アミとウリに)行きましょ」
3人、守一たちを睨み押しのけて行く。
〇浜の近くの森の中(昼)
ペグとソグ、弓矢を肩に担いでふて腐れて歩いている。
ペグ「ケジャの奴め!せっかく娘たちが持ってきた野菜汁を捨てやがって!自分たちで食
い物を調達して来いって」
ソグ「この森で食料になる生き物なんて見たことが無いぞ」
ペグ「考えてみりゃ、森に動物が居ないなんて変じゃねえか?」
草むらから飛び第て来たうさぎが、二人を見てゆっくり去って行く。
ペグ「あっ!いるじゃねえか!うさぎだ」
急いで弓を引く。
ペグ「まるで撃ってくれと言わんばかりだ」
矢を射る。
ソグ「おっ!(と空を見る)」
キジが3羽、悠々と枝から枝へ飛んでいる。
ソグ「なんてこった!こいつら今までどこにいたんだ?頂くぜ!」
と、素早くキジめがけて矢を放つ。
〇丘の上
守一、マキべ、アンべ、温羅たちの居住地を監視している。
森から2羽のキジが悲鳴を上げながら飛び出して来る。
マキべ「キジの鳴き声がおかしいぞ」
守一「行ってみよう」
丘を走り下りる3人。
〇森の中
キジが地面に落下する。
ソグ、走って来てキジを持ち上げる。
ソグ「やったぜ!」
うさぎを担いだペグが追い付き、ソグとハイタッチをする。
ガサガサという音に振り向くペグとソグ。
ペグ「誰だ!」
守一、マキべ、アンべ、別々の木の陰から姿を現す。
ソグ「なんだ、この間の腰抜けか」
守一「言ってろ!・・お前らはとんでもない大罰当たりだ!た、ただじゃ済まんぞ」
震える手で剣を抜く守一。
ペグ「おい、おい、何を言ってるんだ?俺たちは、お前らと同じように食い物を獲ってる
だけだって」
守一「俺たちは森の動物は獲らん!お前らは媛の友達を殺したんだ!」
ソグ「笑っちゃうぜ。このうまそうな肉の塊と、誰が友達だって?」
ペグ「恐ろしい奴らだ。お前らは友達を食料にしてるのか?」
アンべ「何てこと言うんだ!森のたたりに遭うぞ!」
マキべ「 その動物を置いてゆけ!」
ペグ「はは~?本当は獲物を横取りしようって腹か?」
守一「森から出て行くんだ!」
剣を振り上げペグに斬りかかる守一。
ペグ、キジを捨て数歩後退し矢をつがえ弓を引く。
ソグも後退しペグに並び弓をつがえる。
マキべとアンべ、守一の横に並び鍬を構える。
ペグ「止めろ,止めろ。素人が俺たちにかなうとでも思ってるのか?」
マキべ「うるせえ!」
激情するマキべ、鎌を振り上げ襲いかかかる。
ペグ「止めろ!」
ペグ、マキべに向けて矢を放つ。
前につんのめる様に倒れるマキべ。
守一「マキッ!」
マキべに駆け寄る守一。
アンべ「やりやがったな!」
ソグ「よせ!お前も死ぬことになるぞ」
アンべに矢を向けるソグ。
アンべ「うっ!」
と動きを止める。
守一「(泣き声)マキべが!マキべが!・・・死んじまったあ!」
ペグ、ソグ、その隙にうさぎを担いで逃げ去る。
マキべ「痛えよお!痛えよお!ちくしょう!やりやがった!」
守一「生きてる!・・・くそ!誰か!助けてくれ!」
オロオロして叫ぶ守一。
アンべ「俺が呼んでくる!」
駆け出してゆくアンべ。
〇マキべの家の外
阿曾媛、シオンに乗ってやってくる。
シオンから飛び降り家の中に入ってゆく。
〇同・家の中
阿曾媛、入って来る。
肩を布で縛られたマキべがむしろのうえに寝ている。
横に守一とマキべの両親が心配げに座って居る。
阿曾媛「(守一に)大丈夫?」
守一「何とか、命だけはな」
阿曾媛「良かった」
守一「見ろ!」
守一、キジの死骸を阿曾媛の前に投げ捨てる。
阿曾媛「ヒッ!・・・ひどい、誰がこんな事!?」
守一「これがお前が大好きな無法者の本性だ!俺が嘘をついてるなんて言わせないぞ」
守一、キジから矢を抜いて阿曾媛の眼のまえにかざす。
阿曾媛「う、嘘よ!嘘よ・・・信じないわよ」
〇村の広場
村長が中央の柱の前で集まってきた村人に向かって叫んでいる。
村長「みんな!わしの話を聞いてくれ!この村は今最大の危機にさらされている。我らの
浜の土地に勝手に住み着いた百済兵たちは、どこかのお節介やきのおかげで命拾いし、
今や剣や弓矢で武装し、森を勝手し放題荒らしまわり、鳥や動物を殺しまくっている。
この先、村が襲われ略奪されるのは目に見えておる!みんなで団結して無法者たちか
ら村を守るのだ!」
〇マキべの家・外
守一とアンべ、出てきて広場へ走ってゆく。
阿曾媛、出てきて立ち尽くす。
〇村の広場
村長の横で叫ぶ守一とアンべ。
守一「奴らは無抵抗のマキべを狙って撃ってきやがった!奴らは人殺しだ!」
アンべ「鬼畜生だ!」
ざわつく村人たち。
村長「もうすぐ国を滅ぼされた難民共が大量に上陸してくるかも知れん。そうなればあの
無法者どもと一緒になってこの村を乗っ取ってしまうだろう!今すぐあの無法者ども
を追い出してしまうのだ。そして、難民は絶対に上陸させてはならんぞ!」
〇長老の家・中
長老と阿曾媛が向かい合って座って居る。
阿曾媛「この目ではっきり見たの。キジの胸に矢が刺さっているのを」
長老「可哀想に・・・」
阿曾媛「温羅さんたちを絶対許さない!私たちみんなへの裏切りよ!」
長老「媛や・・・」
涙がとめども流れてくる阿曾媛、の肩を抱きしめる長老。
〇浜の林の中
草木を取り払って作った小さな広場で、焚火を囲み、うさぎの肉を食べている
百済兵。
ペグ「やっぱり動物の肉は最高だ」
ソグ「魚ばっかりで正直うんざりしてたところだし」
兵士たちから離れた場所で話し合っている温羅、ケジャ、チョガンの3人。
ケジャ「ペグとソグの話からすると、この森で狩りをすれば又村の連中と衝突する事は避
けられません」
チョガン「村の連中は魚しか食べないと思っていましたが」
温羅「村の者が獲物を横取りしようとしたことは確かなのだな?」
ケジャ「連中は剣で武装していきなり襲いかかって来たそうです。仕留めたキジを一羽奪
われました」
温羅「どうも解せんな・・・」
〇阿曽郷の山々(朝)
空が白々と明けてくる。
〇山の森の中(昼)
阿曾媛、死んだキジを抱いて泣いている。
阿曾媛「みんな、ごめんね。人助けをしたかっただけなのに、こんな事になってしまって」
森はシーンと静まり返っている。
阿曾媛「ねえ、誰か?何とか言って!」
木の葉が揺れ、声が聞こえてくる。
森の精の声「阿曾媛・・・泣かないで」
イノシシのシオンがやって来て、阿曾媛に鼻を擦り付ける。
鹿、うさぎ、狐、熊も周りを取り囲み体を摺り寄せる。
阿曾媛「みんな・・・ごめんね・・ごめんね」
〇オキの家・中(夕方)
オキと父親が向かい合っていさかいをしている。
父親「(激高して)お前、俺がみんなに何て言われているのか、分かってるのか?お前の
息子は村の秩序を乱すはねっかえりのバカ息子だ!ってな・・・これ以上、村長に逆
らったら、お前だけじゃなく一家ごと村から追い出され、路頭に迷うことになってし
まうのだぞ」
オキ「村長を辞めさせればいい。みんなの意見を無視した独善的なやり方は絶対におかし
いよ」
父親「誰が辞めさせられるって言うんだ!それにお前について来る奴なんかいないだろう」
オキ「いるさ!」
父親「ふん、どうせお前とべったりくっついているエゾ位なもんだろうが、お前の人望な
んてせいぜいそんなもんさ」
オキ「そんなに自分の息子をバカにして、うれしいか」
父親「わしはただ、お前が浅はかな考えで突っ走っているのが心配なんだ」
オキ「父さんはみんなと同じ事をしてれば安心って、だけなのさ」
憤然と立ち上がり、出て行くオキ。
〇村の広場(夕方)
中央の柱の前に村長、守一と仲間が、村人が集まって来るのを待っている。
槍、鎌、斧を手にした村人たちが、不安な面持ちでぞろぞろ集まって来る。
村人に隠れる様に遅れてやってくるエゾ。
守一と仲間が気勢を上げる。
守一「俺たちの森を荒らす無法者を追い出すぞ!」
村人たちは、力なく手を上げる。
守一「全然声が出てないんだけど!そんなことじゃ無法者に勝てないぞ!」
アンべ「なんだ、なんだ!もっと元気出して行こうぜ!奴らの人数はたかだか十数人!
こっちは大人数だぞ!」
拳を突き出し飛び上がって叫ぶアンべ。
一番前の数名の若い村人が拳を突き上げ呼応する。
村人「オーッ!」
守一も拳を突き上げ、
守一「その調子!無法者を追い出せ!」
村人たち「そうだ!無法者を追い出せ!」
アンべ「ならず者を殺せ!殺せ!」
村人たち「ならず者を殺せ!殺せ!殺せ!」
次第に興奮してくる村人たち。
村人たちの後ろで気まずそうにしているエゾ。
〇オキの家・外
オキ、地べたに座り膝小僧を抱え広場を見つめている。
父親が槍を抱え出てくる。
父親「行くぞ!」
オキ「先に行ってて」
父親「必ず来るんだぞ」
オキ「分かってるよ」
父親、オキを睨み広場へ向かう。
オキ、村人の輪の中に居るエゾを発見する。
オキ「(怒り)あいつ!」
立ち上がり広場へ走るオキ。
〇広場
村長、守一たちの周りで気勢を上げる村人たち。
村人たち「無法者を追い出せ!ならず者を殺せ!」
村人たちの輪の後ろにいるエゾ。
オキ、走って来てエゾの肩をつかむ。
オキ「エゾ!こんなところで何をやってるんだ!」
エゾ「(振り返り)オキ!・・・」
オキ「村長派に鞍替えか?!」
エゾ「今、村長に逆らったらどうなると思う!」
オキ「人殺しをしようとしてるんだぞ!」
エゾ「みんなを見ろ!止められると思うか?」
オキ「みんな、狂ってる」
エゾ「そうさ、みんな狂ってる。お前も狂うしかないんだ」
オキ「俺にはそんな事出来ない」
エゾ「村八分になるぞ」
オキ「かまうもんか」
オキ、家に戻る。
エゾ、村人たちの方を振り返り身をかがめ、こそこそとオキを追いかける。
村長、満足そうに柱の台に上り村人を制する。
村長「静かに!静かに!みんな、聞いてくれ!」
村人、静まる。
村長「明日の早朝、ならず者の住家を襲撃する」
守一、アンべ「ヒャッホー!」
村人たち「えっ?明日?」
一気に萎える村人たち。
村人A「そ、そんな急に・・・」
村人B「心構えがまだ」
村長「・・・なあに、奴ら、村の者には何も出来ないと高をくくっていよう。油断して
ぐっすり寝言っているところを襲うのだからたやすいもんさ。しかし慎重に行けよ!」
村人たち「そんなものか?」
村長、守一の肩を掴み台に上げる。
村長「みんな!明日は息子の守一が指揮をとる。健闘を祈る」
守一「えっ?俺?」
と自分の顔を指差す。
村長「(顔を近づけ)お前に、男になれる絶好の機会を作ってあげようと言っているのだ
(村人に向き直り)さあ、みんな朝までゆっくり休んでくれ」
村人たち、肩を落として家に帰ってゆく。
村長、守一の背中を叩いて台から降りて去って行く。
守一「(アンべに)アンべ、明日は俺から離れるんじゃないぞ。しっかり俺を守るんだぞ」
〇村長の鍛冶屋
親方、広場に背を向けて座って居る。
吐き捨てる様に金槌で地面を思い切り叩きつける。
親方「あの根性無しのクソ息子に、命がけの仕事を任せるなんて気ちがいざただ」
〇浜の林の中(日の出前)
薄闇の空き地の真ん中で焚火の燃えカスがくすぶっている。
各屋根の下でぐっすり寝込んでいる温羅や兵士たち。
〇丘の上
守一を先頭に歩く武装した村人たちのシルエット、しんがりにオキとエゾ、マ
キべ、走って来て守一に並ぶ。
守一「おい、おい、大丈夫かよ」
マキべ「大丈夫だ。思ったより傷が軽かったようだ」
〇浜の林の中
温羅と兵士の近くに忍び寄る守一と村人。
空き地の周りをぐるりと村人たちが取り囲んでいる。
マキべ「あほづらが何も知らんで、ぐっすり眠ってるぜ」
アンべ「ああ、楽勝だぜ」
守一「あ、ああ・・・」
守一、手がブルブル震えて剣が抜けない。
マキべ「守一っちゃん!合図を」
守一「け、剣が抜けねえ」
アンべ「チッ!ほら!指を離して!」
アンべ、守一の手を掴み剣から引きはがし、守一の剣を抜いて守一に握らせる。
〇林と空き地の境・温羅の寝床
温羅、物音に目を覚まし辺りをうかがう。
〇山の森の中
阿曽媛、寝ているシオンの額を軽く叩いて起こす。
立ち上がったシオンに飛び乗って、森の先の岩に向かって走る。
〇岩の上
阿曽媛、シオンから降りて怒りを込めこぶしを握り、遥か下方の浜辺を見つめ
る。
水平線がまだ鈍い灰色に染まっている。
〇林の中
数歩先の空き地に、兵士の屋根付き寝床が連なっている。
マキべ、守一の背中を叩いて促す。
守一「わ、分かってる。(後ろを振り向き)み、みんな、行くぞ!」
と、こわごわ刀を突き上げる。
村人たち、決意を確認するように顔を見合わせる。
アンべ、イライラした素振りで叫ぶ。
アンべ「やっちまえ!」
アンべが飛び出し、マキべ、守一、村人たちが続く。
空き地の周囲からも村人の襲撃者たちが飛び出ていく。
一番奥にいるオキが、走り出すエゾを捕まえ木陰に隠れる。
〇浜の林の中、空き地
温羅、寝ている兵士の体を蹴りながら走り回る。
温羅「敵襲だ!起きろ!」
木々の間から飛び出して来るアンべ、マキべ、守一。
空き地を取り囲んでいた村人たちも一斉に兵士の寝床を襲う。
マキべ、起き上がろうとするペグに斬りかかるが、かわされ反動で地面に転が
る。
マキべ「うわあ!」
ペグ、木陰に転がって、直ぐ後ろから押し寄せてくる村人たちたちから隠れる。
立ち上がるソグに剣を突き出し突っ込んで行くアンべ。
ソグ、一瞬かわすが木の幹に叩きつけられ崩れ落ちる。
ソグ「うっ!」
腕を押えたソグの手が赤く染まっている。
マキべ、振り返り木の幹に崩れ落ちているソグを確認して走り去る。
まだ寝ているユジンを村人4人が声を張り上げ竹槍を構える。
村人「死ね!」「うわあ!」
目を開けるユジン。
眼をつむり竹やりを突き刺す村人。
ユジン「わっ!」
腕で顔を庇うユジン。
ユジンの頭、肩、腹をかすめて地面に突き刺さる竹槍。
ユジン、村人の一人を足で蹴って倒し立ち上がる。
ユジン「ガオウ!」
ユジンの威嚇に怯む村人。
その隙に逃げるユジン。
数名の兵士が村人たちから追いかけられ林の中に逃げてゆく。
チャグ、数名の村人に後ろから組み捕えられている。
体を揺すって抵抗するチャグに焦って叫ぶ、組み捕えている村人1。
村人1「早く!突き殺せ!」
竹槍を構える村人2。
チャグ「お前に、人を殺す度胸があるか!」
睨み返すチャグ。
村人2「うっ!」
怯む村人を後ろの村人3が背中を強く叩く。
村人3「脅しに負けてどうする!」
村人2「やってやる!」
目をつむって槍を突き出す村人2。
チャグ「うあっ!」
竹槍がチャグの脇腹に突き刺さっているのを見て、尻もちをつく村人2。
ケジャ、チャグの後ろから走り込んで来て、棒でチャグを組み捕えている村人
の頭を殴りつけ倒す。
崩れ落ちるチャグ。
ケジャ「しっかりするんだ!」
ケジャ、竹槍をチャグの腹から抜いて体を抱え、村人たちを睨みつける。
ケジャ「かかって来る奴は殺すぞ!」
飛び掛かろうとしていた村人の動きが止まる。
ケジャ、じりじりと後ろへ退いてゆく。
林の木々を背にして、素手の温羅とチョガンが、守一、マキべ、アンべ、十数
名の竹槍と鎌を手にした村人に囲まれている。
木の葉っぱの間から朝日が差し込んで来て、守一の顔を照らす。
温羅「お前は?村長の息子!・・・これは一体何の真似だ?」
守一「悪党退治だ!お前らは阿曽郷の村と森をお前らの国の難民と共謀して乗っ取るつも
りだろう!」
温羅「お前!何を言ってるんだ!根も葉もないデマだ」
守一「騙されんぞ!観念しやがれ!」
温羅「素人が慣れないことをやると大怪我をするぞ」
守一「ふん、素手で勝てると思ってるのか、(村人に)槍を突け!」
村人たちが一旦竹槍を引いて
村人「いちにのさん!」
四方から7、8名の村人が号令に合わせ温羅とチョガンめがけ竹槍を突く。
温羅とチョガン、号令に合わせて飛び上がる。
的を失った槍が村人同士で絡み合いバランスを崩した村人は腰砕けになり倒れ
てしまう。
村人「あわわわっ」
温羅とチョガン、倒れた村人の竹槍の上に着地して素早く輪の外に逃れる。
守一「何やってるんだ!バカが!」
マキべとアンべ、温羅とチョガンの前に立ちふさがり斬り付ける。
マキべの剣を何度もかわす温羅。
アンべの剣をかいくぐり逃げ回るチョガン。
守一、マキべとアンべの後ろで剣を振り回しているだけ。
温羅とチョガンが林の中に逃げる。
追うマキべとアンべ。
取り残される守一。
村人二人を倒したケジャとユジン、守一に気づく。
ケジャ「(ユジンに)奴が大将に違いない!」
と指差す。
温羅とチョガン、同じ木の幹に追い立てられる。
息を荒くしたマキべとアンべ、二人に近づき、鎌を持った村人が取り囲む。
マキべ「はあ、はあ、・・しぶとい奴だ。だがこれまでだあ!」
マキべとアンべの剣が温羅とチョガンの首めがけて水平に斬りつけられる。
スッと横に逃れる温羅とチョガン。
剣が木の幹に深く食い込み、取れなくなり焦るマキべとアンべ。
その二人の腕を取り、ねじり上げ、顔にパンチをくらわす温羅とチョガン。
鼻血を出してうずくまるマキべとアンべ。
林の方を覗いている守一、肩を叩かれ、振り向く。
ケジャ「あんたが大将だな?」
守一「ん?」
ユジン「話は簡単に」
ケジャとユジンのパンチを左右から顔に食らい、守一の体が吹っ飛んでゆく。
ケジャ、守一の剣を拾って高々と掲げる。
ケジャ「村の者!お前らの大将は降参したぞ!戦いはお終いだ!」
温羅とチョガン、マキべとアンべを引きずって来る。
ケジャ「王子、大丈夫でしたか」
温羅「ああ、少々てこずったがな」
チョガン「たわいもない奴らだ」
林の方から兵士の声が聞こえてくる。
兵士の声「こんな連中、赤子の手をひねるより楽なもんだぜ!」
温羅「ん?」
林の方を見ると
十数名の手ぶらの村人たちがぞろぞろ林から出てくる。
後ろから、兵士たちが構や竹槍を肩に担いでやって来る。
温羅「みんな、無事だったか?」
兵士の声「俺たちは、ぴんぴんしてるぜ」
一番後ろから、腕に血止めをしたソグが腹に包帯を巻いたチャグを抱えて歩い
て来る。
温羅、ソグとチャグに近づいて
温羅「大丈夫か?」
ソグ「私は大丈夫ですが、チャグが・・・」
チャグ「なーに、大した傷じゃありません」
温羅「いやいや、きちんと手当てをしなきゃいけない。誰か?早く寝床を用意するんだ!」
ソグ「(チャグに)よし、少し休もう」
と、チャグを地面に座らせる。
チョガン「よーし、お前ら!ここに座るんだ!」
村人たちが、守一、マキべ、アンべの周りに座る。
〇浜の林の中
オキとエゾ、草むらから恐る恐る顔を上げ、空き地の様子を伺う。
オキ「どうも思ってたのと逆の状況になってるぞ」
エゾ「全員、捕虜になっちまった」
空き地では、縛られた守一以下村人が縛られて座って居る。
〇空き地
縛られて座って居る村人の周りを、取り囲んでいる兵士たち。
温羅、顔中血だらけの守一の前に立つ。
温羅「村には世話になったことだし、今回の仕業は見逃すことにする。しかしこの次は命
の保証はないぞ」
ケジャ「剣と竹槍は貰って行く。文句は無いな」
守一、渋々うなずく。
温羅「出発だ!」
林の奥へ入ってゆく温羅と兵士たち。
オキとエゾが村人の前に走って来る。
エゾ、順番に村人の縄を解いてゆく。
オキ、守一の前にひざまずく。
オキ「派手に顔をやられたみたいだが、大丈夫か?」
守一「お前!逃げたんじゃなかったのか?」
オキ、守一の縄を外しながら
オキ「俺が?村の者を見捨てて逃げる訳ないじゃないか」
守一「ふん、信用できんな・・・イテテテ」
エゾ「(離れたところから)俺たちがいたから、お前らの命が助かったんだぜ」
マキべ「(エゾに)偉そうな事いうな!臆病風に吹かれやがっただけのくせに!」
オキ、解いた縄をマキべに投げ捨てて
オキ「お前も鼻血くらいでは、すまないところだったんだぜ」
〇村の広場
村長が、肩を落として家に帰ってゆく村人たちに罵声を浴びせる。
村長「全く何てざまだ!無法者に逃げられ、武器まで盗まれ・・・はああ~奴らが襲って
きたら、一体わしは、村はどうなってしまうのだ」
守一「父ちゃん、頭が痛くてたまらないよ~」
村長「うるさい!だいたいお前がだらしないからこういう事に・・・・はああ・・お前な
んか、どっかへ行って野垂れ死んじまえ!」
〇村長の家・中
守一がわらの上で寝ている。
阿曾媛、入って来る。
阿曾媛「一ちゃん、大丈夫?」
守一「(横を向く)ふん、俺を笑いものに来たのか」
阿曾媛「笑える訳ないでしょ!村の人を死ぬ目に遭わせておいて!相手はこの間まで戦争
で戦っていた兵隊なんだよ」
守一「文句は父ちゃんに言ってくれ!俺は無理やり行かされただけだ。イタタタッ!(鼻
を押えて)話すことなんか無い!帰ってくれ」
阿曾媛「あんたには、本当に自分の意志っていうものが無いんだね」
守一の尻を蹴って出て行く阿曾媛。
守一「痛てて!こら!病人に何てことすんだよ!んんん!」
悶絶する守一。
〇山の中
温羅を先頭に十名の兵士、二人の漕ぎ手、総舵手が、黙々と木々の間を登って
ゆく。
〇森の入口
口笛を吹く阿曾媛。
シオンが猛然と森の中から走り出て来て阿曽姫の眼に止まる。
険しい顔でシオンに乗る阿曾媛。
阿曾媛「森の仲間の仇は私が討つ!・・追いかけるよ!」
と軽く首を叩く。
シオン「ブヒィー!」
顔を上げていななき、森の中へ走ってゆく。
〇森の中
温羅と部下たちが行進している。
〇同・谷川の川岸
水がごうごうと音を立てて流れる川の脇を登る温羅と部下たち。
前方に大きく立ちはだかる岩。
温羅「(見上げて)う~ん、向こう岸に渡って登るしかなさそうだな」
チョガン「しかしこの激流を渡る事が出来るかどうか」
ユジン「チャグをどうやって運ぶ?」
ケジャ「少し戻って緩やかな所を探してみては?」
温羅「我らに戻る選択肢はない。山を下りたら又村人といさかいを起すやもしれん」
ケジャ、辺りを見渡し、カンジュを見つめる。
カンジュ「俺、何かやらかしましたか?」
ケジャ「お前が編んでた縄、まだ持ってるか?」
カンジュ「あ?ああ・・・持ってる」
ケジャ「その縄、水にぬれても切れたりしないだろうな」
カンジュ「当たり前だ。水に弱い縄じゃ船で使えないだろ!」
ケジャ「良し!縄を使って川を渡ろう。手伝ってくれ」
ホッと胸をなでおろすカンジュ。
カンジュ「よ、喜んで!」
ケジャが縄を腰に結わえて激流を渡り始める。
手前の岸で総舵手と漕ぎ手の二人が縄が緩まないように高く掲げて少しづつ縄
を送っている。
固唾を飲んで見守る部下たち。
滑ったり、態勢を崩したりしながらも向こう岸に渡り切るケジャ。
〇対岸
ケジャ、木の幹に縄を結び、向こう岸に向かって叫ぶ。
ケジャ「おーい、縄を強く張って木に縛り付けるんだ!」
〇川岸
ソグ、ペグが川に入り、縄を握って渡り始める。
部下たちが続いて渡り始める。
温羅「チョガン、先に行け。私はチャグを背負っていく」
チョガン「王子、危険すぎます。他の者にやらせては」
温羅「いや、これは私がやる!」
ユジン「俺が後ろから支えていきます」
チョガン「分かった。ユジン、王子をしっかり支えてくれ」
川に入るチョガン。
〇川
川の中央まで歩いてきたソグ、足をとられ倒れる。
ソグ「アッ!」
縄が引っ張られ、他の部下たちもバランスを崩し、倒れる者が続出、川に入っ
たばかりのチョガンも転倒寸前になる。
〇川岸
温羅「大丈夫か!?」
〇対岸
ケジャ「みんな!絶対縄から手を離すんじゃないぞ!頑張るんだ!」
〇川
かろうじて踏ん張ったチョガンが倒れた部下の腕を取り、立ち上がらせる。
ソグとぺグも両腕で縄を握り直し、立ち上がる。
〇川岸
温羅「良かった。みんな無事だ」
ユジン「みんなが向こう岸に渡り終わったら我々も行くことにしましょう」
〇対岸
ケジャ、川に足を踏み込み部下たちの体を支え岸に上がらせる。
〇川岸
温羅「チャグ、私の首にしっかり腕を回してつかまってろよ」
チャグ「はい、申し訳ありません」
ユジン「俺も後ろにいるから安心しな」
温羅、片手で縄を掴み、チャグを担いで川に入る。
後ろからユジンがチャグの太ももを片手で支えて続く。
〇対岸
心配そうに見守るケジャと部下たち。
〇川
チャグを背負った温羅と太ももを支えるユジンが、川の中央まで進んでくる。
〇対岸
チョガン「王子!頑張って!」
ケジャ「あと少しですよ!」
見守る部下たち。
慎重な足取りで近づいて来る温羅。
ソグ、ペグと数人の部下が川に入り迎えに行く。
ソグとペグが温羅の両脇に並び、チャグの太ももを手で支え抱きかかえる。
ペグ「ユジン、よくやった」
ソグ「王子、ご苦労様でした。後は俺たちにお任せ下さい」
温羅「ありがとう。任せたよ」
岸に上がる温羅。
チョガン「王子!ご苦労様でした」
拍手で迎える部下たち。
〇森の中 シオンに乗って木々の間を走る阿曾媛。
〇窪地
阿曾媛、焚火の後の灰をすくって匂いを嗅ぎ、棄てる。
阿曾媛「それほど時間がたっていないわね」
シオンに飛び乗る阿曾姫。
シオン、大きく首を振って走り出す。
〇山
温羅以下部下たちが、一列になって岩山を登っている。
カンジュ「これ以上登っても済む場所に適したところなんてあるとは思えないぜ」
ダサラ「俺たちゃ海の男だぜ。なんで山の中にいるんだ?」
ムグル「もう登るのは嫌だ!いっそ、麓に下りて行って村を襲うってのはどうだい?」
ケジャ3人の後ろから追い付いて来る。
ケジャ「お前ら、くだらない事ばかりしゃべっていると余計疲れるだけだぞ」
ムグル「ヘイ」
ケジャ、気まずそうな3人を追い抜いてゆく。
〇山中の沼地
温羅と部下たち、鬱蒼とした森を下りている。
谷底に沼地が広がっている。
ユジン「こんなところに沼?」
チェジ「水だ!水だ!」
兵士たちが、一斉に沼岸へ走っていき顔を洗い、頭から水をかぶる。
温羅、用心深く辺りを見渡す。
チョガンも周りを見渡し、
チョガン「ここなら、生きて行けるかもしれないですな」
温羅「しかし水の他に何かあるのか?」
〇大岩のある谷川
シオンに乗った阿曾媛、軽々と川を走って渡ってゆく。
〇山頂
シオンに乗った阿曾媛、岩山を登り、山頂へ駆け上がり、反対側へ駆け下りて
森の中へ入ってゆく。
その時、青空に黒い雲が広がって来る。
〇山中の沼地
遠くで、雷の音がする。
温羅、座ったりねころがったりしてくつろいでいる兵士を眺める。
温羅「みんな、ここからテコでも動かないつもりだな?」
〇森の中
阿曾媛を乗せたシオン、足を踏み鳴らし今にも飛び出そうとしている。
沼地の兵士たちを睨んでいる阿曾媛。
阿曾媛「シオン、興奮しすぎよ」
肩を軽く叩いて降りる。
〇山中の沼地
固い表情の阿曾媛が坂を下りてくる。
仰向けに寝ているケジャ、顔を上げて見つめる。
腰を落として地面に絵を描きチョガンと話し込んでいる温羅。
チョガン、温羅の腕を指でつつく。
温羅「(振り向き)阿曾媛・・・」
離れたところで立ち止まる阿曾媛。
温羅「後を付けてきたのか」
阿曾媛「森の友達を殺した罪を償ってもらうわ!」
ケジャ立ち上がり。
ケジャ「俺たちは誰も殺してはいない。それどころか俺たちの方が村の連中に殺されかか
ったんだぞ!」
阿曾媛「あたしが言ってるのは、森の友達の事よ!」
温羅「何?」
ケジャ、温羅に近づき囁く。
ケジャ「鳥の獲物でもめた件かと」
温羅「(阿曾媛に)もしかして、キジ鳥のことか?」
阿曾媛「そうよ!友達を殺した犯人を引き渡して!」
温羅「引き渡した後、どうするつもりだ?」
阿曾媛「みんなに決めてもらうわ」
温羅「みんなって?」
阿曾媛「森の動物に決まってるわ」
温羅「こんな時に冗談か?動物が何を決めるって?」
部下たちが、バカにした態度で大笑いする。
ペグ「おいおい、このお嬢ちゃんは森の守り神か」
阿曾媛「冗談なんかじゃないわ!犯人を渡さないっていうのなら、この沼地に何千頭もの
動物が押し寄せてくる。あなた方は一人残らず踏みつぶされるか、お腹をえぐられ
ることになるわ」
温羅「しかしキジ1羽でなぜ私たちが動物に踏みつぶされるんだ?」
阿曾媛「この森で、あんたたちは、どんな酷いことをしたか解ってるの!」
大粒の涙を流す阿曾媛。
温羅、困惑する。
シオン、走って来て阿曾媛に擦り寄る。
阿曾媛、涙をぬぐってシオンの背に跨る。
阿曾媛「一日だけ猶予を与えるわ」
走り去る阿曾媛を呆然と見送る温羅と部下たち。
チョガン、温羅の横に並んで、
チョガン「王子、どうも我々には理解できないが、媛さんと動物たちとは強い絆で結ばれ
て、いるようですな」
温羅「それだけ純粋なんだ」
遠くで雷が光り、木々の葉がざわめく。
不安に怯える兵士の眼差しが温羅に注がれる。
〇谷間
阿曾媛の乗るシオンがトボトボと谷間を流れる細い川を下りている。
木々の隙間を覆う空から雨粒が落ちてくる。
〇沼岸
雨脚が強くなり近くの大木に雷が落ち、大木が二つに割れ煙が立ちのぼる。
兵士「おおっ!」
草むらに伏せる部下たち。
温羅、立ち上がり上流を見つめる。
温羅「みんな!坂を上れ!水に流されるぞ!」
濁流が矢のような勢いで沼に向かって流れてくる。
競って坂を登る温羅と部下たち。
温羅、不安がよぎり登るのを止め下流を見る。
温羅「・・・・阿曾媛~!」
脱兎のごとく下流へ走ってゆく温羅。
チョガン「アッ!王子!どこへ行くんですか?」
ケジャ「王子~!」
ケジャ、追いかけるが直ぐ足が滑って木の幹につかまっているチョガンの前を
転がってゆく。
間一髪、ケジャの腕をチョガンが捕まえ引き上げる。
ケジャ「王子は?」