―勝手に オリジナル映画 脚本 ―
オリジナル脚本コーナーにようこそ
どうぞひと味変った”あたらし物語”をお楽しみ下さい
ある日突然タイムスリップ!昭和30年代の東北の村に飛び込んでしまったいじめっ子の航は、 中学校の大運動会、任侠映画気取りのチャンバラ遊び、台風の夜熊のような犬に挑んだ子犬との別れ、 村祭りでライバル達との相撲大会、熊の救出と様々な体験をする。はたして航は友達思いの優しい性格 になって戻ってこれるのか? |
虎とドクロと赤鬼
登場人物
大沼航・・・・11才(小学5年)
大沼可南子・・36才(航の母親)
大沼登・・・・73才(可南子の夫の父)
第1部落
庄司達夫・・・12才(小学5年、大沼航の乗り移り・坊主頭)
大沼登・・・・12才(小学6年、第1部落のガキ大将)
一男・・・・・12才(小学6年、登の同級生)
春雄・・・・・11才(小学5年、達夫の同級生)
三郎・・・・・・8才(小学2年)
さち・・・・・・7才(小学1年、春雄の妹)
庄吉・・・・11才(小学5年、達夫の同級生・知恵遅れ)
勇 ・・・・15才(中学3年、第一部落・登の兄・中学3年)
トメ・・・・40才 達夫の母
昭三・・・・51才 達夫の父
智子・・・・14才(中学2年、達夫の姉)新聞配達で家計を助ける
遠藤正・・・15才(中学3年 仁志と同じ部活仲間)
みよこ・・・・9才(小学5年、民子の親友・第2部落)末雄の同級生
第2部落
精二・・・・12才(小学6年、登の同級生・第2部落)第2部落のガキ大将
茂・・・・・12才(小学6年、登の同級生・第2部落)旅館の息子
みどり・・・15才(中学3年 茂の姉
民子・・・・・9才(小学5年、達夫の同級生・第2部落)末雄の同級生
豪太・・・・・8才(小学2年、第2部落)腕白坊主
強 ・・・・ 7才(小学1年、第2部落)デブ
仁志・・・・15才(中学3年、第2部落・清二の兄・中学3年)
茂の父
結城先生
教頭
〇東北地方の小都市・郊外の通学路(現代)
小学生の男の子がランドセルを背中と胸に二つ背負い、手に工作物などをいっ
ぱい抱え、汗だくになって旧国道坂を登って来る。
後ろから、手ぶらで歩いて来る航。
男の子がゼイゼイいって立ち止まりしゃがみ込む。
航「誰が休んでいいって言った?・・・(男の子を小突いて)ほらあ、さっさと歩けよ!」
男の子「(哀願する)ちょっとだけでいいから、休ませて・・・」
航「お前に休む権利なんてないの!・・早く行けよ!」
男の子の背中のカバンをけ飛ばす。
男の子、前につんのめり、工作物が散らばり、胸のカバンから教科書が飛び出
ると、その時突風が吹いて航の野球帽が飛ばされる。
航「アーッ!(と、頭を押さえ)お前がグズグズしてるからだろ!拾ってこぃよ!」
と、男の子に命令し、憎々し気に空を見上げる。
男の子、逃げ出すように帽子を追いかけてゆく。
その時、日が陰り空が急激に雲におおわれ、様々な雲の形(綿雲、入道雲、雨
雲等)に変化する。
航「エッ?」
様々な形の雲が渦を巻き始め空いっぱいに広がる。
地上の雲をすべて吸い取るがごとく渦巻が天上へ吸い込まれ辺りが真っ暗にな
る。
一瞬の間をおいて天上からオレンジ色の光が差し込み大地を光で満たし住宅地
が、みるみる間に昭和の田舎村へと変貌してゆく。
呆然と立ち尽くす航。
〇ある村・第一部落(昭和30年の秋)
緩やかな坂の国道沿いに農家、土建屋、大沼五郎衛門の屋敷、等が建ち並び、
少し下ると山にへばりつくように農家の集落がある。
火の見梯子の下で国道を横切ろうとした猫が慌てて村の方へ逃げ戻ってゆく。
その矢先、三輪トラックがバタバタというエンジン音と黒い排気ガスを撒き散
らし下り方面に走り過ぎて行く。
昼下がりの空は晴れ渡っているが、風は無く、鳥の声も無く、通りに人も無く
死んだように静まり返っている。
〇大沼五郎衛門の屋敷の裏の空き地
屋敷の裏は二方を崖に囲まれ雑草が生い茂る空き地で、屋敷の裏の一番奥には
粗末な出入口(屋敷の一角を間借りしている庄司家)とその横にウサギ小屋が
見える。
〇庄司家の裏口
ウサギ小屋から針金で引っ掛けただけの取っ手を鼻で持ち上げ、外して金網の
扉を開けて飛び出てくるウサギ。
〇空き地
空き地の崖の先の田んぼの向こうに見える人気の無い国道を、トメがリヤカー
を引いて来る。
空き地から逃げ出す風もなく草を食み、遊び回っているウサギが、突然後ろへ
大きくジャンプする。
じっと見つめるウサギの目の前に、航と瓜二つの少年(達夫)がうつぶせで倒
れている。
鼻をぴくぴくさせ、恐る恐る少年に近づくウサギ。
〇大沼五郎衛門(登)の屋敷
大きな玄関から廊下を左に行くと、屋敷の外れにそっぺ板で建て増した建屋(
庄司家)がある。
〇建屋(庄司家)の玄関
トメ、引いてきたリヤカーの向きを変え国道から庭の端へ押して行き、入り口
の横に積んである大樽の前に止める。
リヤカーに積んである一斗樽を軽々と持ち上げ大きい樽の前に下ろし、一斗樽
へ醤油を移すトメ。大きい樽にゴムホースを差し込み片方の端を口にくわえて
吸い、素早く口を離して一斗樽へ差し込み、口に含んだ醤油を吐き出す。
樽の注ぎ口を見ているトメ、物音が聞こえたかの様な顔で空き地の方角に顔を
向ける。
〇空き地
ウサギが顔を上げてじっと出入り口を見つめている。
再び顔を落として倒れている少年の顔に鼻を近づけて口をもぐもぐさせると、
ひげが少年のホホに触れる。
達夫、くすぐったそうに目を覚まし
達夫「わっ!」
と目の前に立ちふさがるウサギにびっくりして飛び退く。
ウサギもびっくりして、数メートル先まで逃げ、震えて達夫を見つめている。
達夫「あ~、びっくりした、兎か・・・えっ?ウサギ?」
達夫、立ち上がり辺りを見渡す。
達夫「・・・・えっ?えっ?・・・」
達夫、崖と屋敷の板壁に囲まれ、閉じ込められた思いで出口を求め空き地の端
まで走る。
崖を飛び越えそうになり慌てて柿の木につかまった拍子に、学生帽が脱げそう
になり慌てて帽子を押さえる。
達夫「ん?」
と、違和感を覚え、帽子を脱いで坊主頭を撫で回し帽子を見つめる。
達夫「坊主?・・何?この帽子は?・・なんでこんな服着てるんだ?」
黒の学生服とゴムの短靴に驚く達夫、顔を上げ、見知らぬ田畑と田舎の家並み
の景色を呆然と眺める。
達夫「・・・ここって?何処?・・・なんでボクはこんなところにいるんだ?・・・」
自分の知っているあらん限りの名前を次々と叫ぶ。
達夫「たかし!ゆうじ!とんぼ!奥井くん!(しだいに泣き声になる)清水くん!藤井先
生!?ママ~・・・・」
達夫の足元にすり寄っているウサギが、 動きを止め後ろを振り向く。
ゆっくり歩いて来るトメ、達夫の後ろ姿に声を掛ける。
トメ「どごの子だが知らんが、大っきな声で泣いで~(足元を見て)おや?ピーコじゃな
いが?ま~だお前は勝手に錠を外したべな」
シャックリしながら振り返る達夫。
トメ、一瞬体が固まる。が勢いよく駆け寄り達夫の腕を取る。
トメ「こりやあ?!どうしたもんだ!・・・た、達夫じゃねえが!」
達夫、のどをヒクヒクさせシャックリを繰り返している。
トメ「達夫!わりゃぁ、わりゃぁ・・・今までどごさいっでだの!]
達夫「えっ?ヒック、おばさん?・・だ、誰?」
トメ「(まじまじと見つめ)母ちゃんのこと忘れたのが?・・達夫!」
トメ、唖然としている達夫を確認するように頭を撫で身体をまさぐる。
達夫「く、くすぐったい!達夫じゃないもん!ボクの名前は航だもん」
トメ「何言ってんだ?おめえ、達夫じゃねえか」
達夫「(小さく)違うもん」
トメ「わがった、わがった・・・・ハア~、どんな恐ろしい目に遭ってきたんだべが?」
と後ずさりする達夫の肩を掴んで、小さく千切った新聞紙を末雄の鼻水の垂れ
た鼻に押し付ける。
トメ「ほら、達夫、チーンしで」
達夫「い、痛いよ!」
トメ「(命令口調で)早ぐ」
達夫「ブ―ッ(と鼻をかむ)」
トメ、新聞紙をモンペに入れて、膝を落として達夫の顔を見つめる。
トメ「まだ思い出せねえが?・・・」
と背中を優しく撫でる。
達夫「・・・ママは何処?・・・」
トメ「ママって何だ?・・・とにかぐ家へ行ぐべ」
と達夫の肩をポンと叩いて立ち上がる。
〇庄司家・裏口
トメ、達夫の手を引いて歩いて来る。
二人の前をピョンピョン走っているピーコが、自ら小屋の中に入ってゆく。
達夫、戸口の粗末な板のドアを見つめ中に入るのを躊躇する。
達夫「これが家?」
トメ「自分んちも覚えでねえが?」
達夫「ボクの家はもっときれいだもん」
トメ「(ムッとして)このおんぼろ家でおめえは育ったんだべ!とにがぐ中に入れ、思い
出すものがあるがも知んねえがら」
と板のドアを開け、中に入る。
〇庄司家・土間
トメ、達夫が入って来る。
トメ「どうだ、なんか思い出しだが?」
達夫「ここって、ほんとの家なの?ほんとは時代劇映画のセットじゃないの?・・どっか
でカメラ回ってたりして?」
達夫、用心深く周りを見渡す。
トメ「達夫・・・さっきがら訳わがんねえごとばっかし言って、あだま大丈夫が?」
と達夫の頭を軽く擦る。
達夫「ん?」
茶の間に掛けてある、日めくりカレンダー(昭和30年9月2日)をジーっと見
つめる
達夫「このカレンダー?」
トメ「ああ~、めくるの忘れでだ。今日は3日だべ」
と歩いて行って日めくりを破る。
達夫「・・・昭和30年って?一体いつのカレンダーだよ」
トメ「今年のカレンダーに決まってるべ、まだわげわがんねえごと言っで・・」
達夫「今年のって(茫然となる)・・・」
そこへ、達夫の姉の智子が表出入り口の戸を開けて入って来る。
智子「ただいま~」
トメ「ああ~智子、おがえり、早かっだな」
智子「今日は部活、中止になったんだ・・・・お客?」
トメ「帰っで来たんだ!・・達夫が帰って来たんだず!」
智子「へ?帰っで来たっ?」
達夫、振り向く。
智子「ひゃああ!ビックらこいだ!・・・達夫じゃねえの!」
怯える達夫のところへ走り込む智子。
智子「(顔を撫でまわし)よう無事だったな」
トメ「それが~そうでもないんだべ、記憶喪失病にかがっだみでえでな・・・・・」
智子子「どゆうごど?」
トメ「・・・・母ちゃん、も一件配達してくっがら達夫のごどみでてくれや」
トメ、茶の間を下りて、智子の横を通り玄関口へ歩いてゆく。
智子「ほんどが?(顔を近づけて)達夫!おらのごと覚えでるが?」
達夫「し、知らん!・・・(頭を振り続ける)もう!何が何だか訳わかんないよ~!」
達夫の声はもはや悲鳴になっている。
〇庄司家・台所(夕方)
夕食の支度をしているトメ、かまどに薪を入れ、ジャガイモを切って鍋に入れ
ている。
〇庄司家・茶の間
達夫、土間に繋がっている茶の間の隅で膝小僧を抱いて不安げに座っている。
その前を左半身まひの父親(昭三)がよだれを垂らし、寝巻の前をだらしなく
開け、左手と左足を痙攣させ通り過ぎる。
びくっと驚く達夫にちゃぶ台を拭いている智子が耳打ちする。
智子「父ちゃん、お前がいなくなった後突然倒れでな。脳の半分死んじまって、話しもろ
くに出来なぐなったんだべ、中風っで言うんだって・・・・(振り向いて)あっ!父
ちゃん、どご行ぐの?便所はこっちだず」
昭三「あ、ああ~」
智子、父を追いかけ背中を支えて土間に降り、玄関に連れて行く。
二人を見つめる達夫。
〇庄司家・玄関の外
智子と父の昭三が出てくる。
登、走って来る。
登「達夫が帰っで来たんだっで?」
智子「(元気なく)うん」
登「どした?元気ねえな。あ、おじさんこんばんわ」
登、ペコリと頭を下げて智恵子の父に挨拶し。
昭三「の、の、ぼ、る、ぐ、ぐん・・・」
また智子に向き直る。
智子「それが・・・どうも達夫じゃねえみてえで」
登「達夫じゃねえっっで、どして?」
智子「とにがく、登ちゃん、会ってみで」
登「うん」
登、急いで家の中に入って行く。
智子、登を見送り、父の手を引っ張って便所へ歩いてゆく。
〇庄司家・土間
かまどの火を調節しているトメ。
登、達夫の方に歩いてゆく。
トメ「おや、登ちゃん」
達夫、その声に顔を上げ登を見つめる。
達夫M「エッ!?・・・あの顔?・・・どっかで見たことが・・・」
登「おばちゃん、戻ってきて良がったな」
トメ「(心配顔で)んでも、まだぼーっとしたまんまでなあ」
登、座敷のかまちに腰掛け達夫に声を掛ける。
登「達夫ぉ~・・・」
達夫はうつむいたまま。
登「一年間もどご行っでだの?・・・何しでだ?おれ登だよ。覚えてねえが?・・・脳み
そ、天狗に食われちまっだが?・・・」
トメ、前掛けで手を拭いながら、達夫の横に座り肩に手を掛ける。
トメ「あんなに泣いでだがら、よっぽど怖い思いしたんだべ・・・ゆっくり休め、な・・
一晩寝だら落ちづいていろんなごと思い出すべ」
〇庄司家・寝室
達夫、布団に横になる。
横に座っている智子、達夫に掛け布団を掛けてあげる。
智子「まずは、ゆっくり眠るこっだ」
立ち上がりふすまを閉め出てゆく。
達夫、暗闇の中で不安に駆られ布団を頭からかぶる。
達夫(M)「ボク、これからどうなっちゃうの・・・達夫って一体誰なんだよ?」
〇(達夫の夢)航の部屋
航、二階の自分の部屋に駆け込み思いっきりドアを閉め、窓際の勉強机の上に
積んである教科書や参考書を床にぶちまける。
航「もーっ!ママなんか死んじまえば良いんだ!」
叫ぶ航の眼に悔しさと悲しみの入り混じった涙が滲んでいる。
航はまだ気持ちが治まらず本棚から、漫画の単行本、参考書、偉人伝やらを叩
きだす様に床に投げつける本がばらばらにめくれて、ページの間に挟まってい
たしおりやメモ紙などと一緒に、ヒラヒラと一枚の写真が舞い上がり航の顔に
吸い付けられる様に張り付く。
航「何で写真が顔に引っ付いて来るんだよ!」
手の甲で写真を払うが一旦宙に浮いて飛んで行くかに見えた写真が、また戻っ
て来て頬に貼りつく。
航「もう、しつこいなー」
写真を指で摘んで顔から引き離すと、茶色にすすけた写真には白壁の前で熟れ
た柿を食っている子供が写っている。
航「なんだ?誰?これ」
手にとってもう一度見つめ直すと写真の中の子供(登)が手招きをしているポ
ーズ に変わっている。
航「えっ?何?・・・」
航、不安におののき写真の裏を返して眺めると
「昭和三十年十月十五日写 大沼登」
の文字が手書きしてある。
航「じいちゃんの写真?」
開けっぱなしのドアの前に突然現れる祖父の姿。
祖父(大沼登)「あ、あの、小熊の、事が、どうしても、思い出せ無いんじゃ・・」
航、びくっとして振り返り、
航「何だ、じいちゃんか!・・・あんまりビックリさせないでよ!」
祖父「わ、悪かった、お、お前が、びびりっ子なのを、わ、忘れとった・・・・おまえに
た、頼みが、あ、あるんじゃ・・・あ、あの小熊の運命を見届けて来てほしいんじゃ」
航「じいちゃんが、又、訳のわかんない事言ってるよ・・・もう、ボケ爺さんはうっとお
しいから!早く自分のベッドに行けよ!」
と祖父を廊下に押し出し、椅子に座りスマホを机の上から手に取る。
その時空が暗くなり、雲の切れ間からの光が差し込み航の部屋が白い光で満た
される。
航「な、何?!」
祖父(登)の声「た、たのんだぞ、わ た る・・」
〇庄司家・寝室
達夫「じいちゃん!」
雨戸の隙間から差し込む朝日が顔をゆがめて叫ぶ達夫の顔を照らす。
達夫「あの登って子・・・もしかして六十年前のじいちゃん?!」
隣で寝ている智子が、びっくりして起き上がる
智子「どうしたんだ?!だ、大丈夫が?(トメの掛け布団を叩いて)母ちゃん!母ちゃん
!起ぎてけろ!」
達夫「大丈夫!大丈夫だって!」
トメ、上半身起き上がり眠い目で智子を見る。
トメ「どうしたの!」
智子「達夫が変なんだ」
達夫「なんか、少し思い出してきたみたい・・・」
トメ「おお~そりゃよがっだな~」
智子、達夫の腕を叩いて喜ぶ。
智子「いがった、いがった」
〇大沼家・玄関前(朝)
開け放した玄関から、ランドセルを背負った登が出て来る。
庭先を歩く登の後ろから智子が走って来て声を掛ける。
智子「登く~ん!(追いついて)元気になっだよ!」
登「ん?」
智子「達夫!」
登「そうがえ?!いがった!いがった!」
〇空き地の崖(午後)
登と達夫、草の生えた崖を上っている。
登、先に崖の中腹に生えている柿の木の切り株に出来たサルの腰かけに座り、
達夫を引っ張り上げる。
下の草むらではウサギのピーコが登と達夫を見つめ、やがて安心した様に顔を
上下に振って、また走り回る。
登「こごは達夫がいづも座ってウサギに草を食べさせてたとこだ・・・おばちゃんが今日
学校に知らせに行ってるから、明日から学校へ行ぐべ?・・ま、焦らんで少しづつ思い
出しでいげばいい」
達夫「うん、だんだん思い出していくから・・・」
登「そうだ、そうだ、そんだらもっと笑うべ~!」
達夫、背中を叩かれて前へつんのめる。
達夫「ウわッ!お、落っこちゃうよ!(登の腕をつかむ)」
登「おおっと!あぶねえ、あぶねえ・・・」
草を食べてたウサギのピーコが立ち上がり笑う二人を見上げる。
〇学校前の通学路
トメと達夫、国道を左に折れて、両脇を田んぼに挟まれた通学路を歩いている。
木炭を後ろに積んだボンネット型路線バスが国道を走ってゆく。
〇校門前
達夫、左右の門柱の間で立ち尽くす。
モンペ姿のトメ、足を止め振り向き達夫を見つめる。
トメ「どうだ、思い出しだか」
目の前には、凸凹に水のたまった状態の運動場とその向こう側の正面に建つ二
階建てのぼろぼろの校舎。
右手に体育館と生徒の出入り口が見える。
達夫「スゲーボロボロ!今にも崩れそうじゃん」
トメ「(苦笑して)大丈夫だ。そう簡単にゃ、倒りゃしねがら」
先に歩き出すトメ、後を追う達夫。
グラウンドを右に曲がり端に作られた貯水池のようなプールに沿って体育館の
入り口に向かって歩いて行く。
〇学校・体育館の入り口
草履を脱いで、すでにすのこに上がっているトメ、脱いだゴム靴を手にして
キョロキョロしている達夫をせかす。
トメ「ぐずぐずしねえの」
達夫「でも靴箱がわかんない」
トメ「空いでるとこへ入れとけ」
達夫、靴箱の蓋を開け靴を入れる。
達夫「上履きがないんだけど・・・」
トメ「ばがこけ、学校ン中は裸足に決まっとるだべ」
と足袋をはいたまま先に行く。
達夫、裸足のまま追いかける。
達夫M「廊下を裸足で、って有りえないよ!」
〇校長室の前の廊下
達夫、生徒たちが走り幅とびの測定をしている運動場を眺めてる。
ドアが開くと教頭が出てくる
その後ろからぺこぺこ頭を下げ挨拶をして後ろ向きで出てくるトメ。
達夫、振り返る。
教頭、達夫の頭を撫でて、
教頭「よぐ戻ってきたな」
先に歩いて行く。
達夫「(教頭の後姿に)はい」
達夫、トメに突つかれて慌てて後を追う。
トメ「よろしくお願えします」
トメ、二人の後姿にお辞儀をする。
〇教室の入り口
教頭、入り口の前で立ち止まり腕時計を見て何か待っている。
鐘の音を合図に戸を開け中に入る教頭。
達夫も後に続いて教室に入る。
〇教室の中
教頭と達夫が入って来る。
生徒たちから軽いざわめきが起こる。
教頭「(教壇の担任に向かって)それでは頼みますよ。結城先生」
結城先生「はい」
教頭、教室を出てゆく。
結城先生、達夫が緊張で顔が強張っているのに気づき肩を抱いて囁く。
結城先生「達夫、一学年下になったからって落第したのとは違うんだから、気を楽にな!」
達夫「・・はい」
結城先生「(生徒に向き直り)庄司君は、みんなも知ってると思うが、訳あって一年休学
していましたが、今日からみんなと一緒に勉強することになりました。みんな仲
良くしてください」
生徒たち「ハーイ!」
結城先生「(達夫へ)お前の席はあそこだ」
と窓際の一番後ろの机を指差す。
達夫「ハイ」
結城先生「(向き直り)それでは、給食当番は準備をして」
腕章をした男女3名の給食当番が立ち上がり廊下へ駆け出してゆく。
脱脂粉乳の入った二十リットル入りアルミ鍋が教壇の横の床に置かれ、給食当
番たちが次々とコッペパン、鯨の竜田揚げ、ポテトサラダ、トマト、ひじきの
おかずが盛られた食器を配り始める。
二人座りの机の窓際に座り、緊張してじっと前を見つめている達夫。
春雄と庄吉が少し離れた場所で声を掛けずらそうにお互いを小突きあっている。
民子が達夫の横にやって来て、茶化す。
民子「元気ねえね、落第して落ち込んでるのが?」
達夫「エツ?僕?君は・・・えーと、誰だっけ?」
民子「何都会っ子ぶってんだ!・・・達ちゃんも、一年居ねえ間にずいぶん気色わりい人
間になっだごと」
達夫「ま、まだ、思い出せないことが一杯あって」
民子「達ちゃん、ほんどにオラの事忘れだってのが?」
そのとき、給食係の茂が達夫と民子の間に入って来て、アルミのカップと皿を
金網の箱の中から取り、達夫の机に置いてゆく。
民子は気がそがれた様に二列離れた一番後ろの自分の机に戻る。
相席のみよこ、達夫の方を見ながら民子に何か話しかけている。
男子の給食係が脱脂粉乳のミルクを柄杓でアルミカップに注ぎ、その後から女
子の給食係がコッペパンを皿にのせてゆく。
そのすぐ後から三人目の男子給食係が、鯨の竜田揚げ、ポテトサラダとひじき
を盛合せた皿を配りながら追いかけてゆく。
達夫、おかずの盛り合わせの皿を配った男の子がつぎの列の机に配りに移動し
たのを見届けると、脱脂粉乳を一口飲む。
達夫「ウエーッ!」
あまりのまずさに脱脂粉乳を机の上にもどしてしまう。
袖で机を拭き、掌で口を押さえ、頭を下げて周りをうかがう。
ビックリして周りの生徒たちが達夫に振り向き、顔をしかめる。
民子、顔をしかめつつ達夫に近づき、手拭を放り投げる。
民子「汚ったねえず!ほれッ!」
涙目で見上げる達夫。
食事の終わった生徒たちが、食器を黒板前のかごに入れて自分の席に戻ってく
る。
机に座って達夫をのぞき見する生徒たち。
達夫、サラダとパンを食い終わり、残ったヒジキと脱脂粉乳ミルクの入ったカ
ップを見て大きくため息をつく。
春雄、食べ終わった食器を持ったまま達夫を見つめている。
達夫、カップを持って立ち上がり、窓を開け教室の外に中身を捨てる。
仰天して思わず声を上げる春雄。
春雄「あーっ!止めろず!」
民子も同時に立ち上がり、達夫に駆け寄り後ろから達夫のふくらはぎを思い切
り蹴る。
達夫「(振り返り)痛ってぇ!何するんだよう!」
民子「(睨み付け)達ちゃんがとんでもねえことするからだ!」
達夫「何しようが、俺の勝手だ!」
民子「チャンと全部食ってから帰れってしぇんせに言われたべ!?」
達夫「そんなの知るかッ!」
民子「何言ってんだ!・・・」
民子、達夫の腕を引っ張る。
達夫「うるさいんだよ!」
と民子の手を払いのけ突き飛ばす。
民子「アッ!」
民子、後ろに飛ばされ春雄に激突、折り重なって床に倒れる。
庄吉、みよこ、民子に駆け寄る。
春雄「いだ~っ!」
民子、倒れたまま涙を浮かべ達夫を睨む。
民子「・・・」
みよこ「ひどすぎるず」
達夫「な、なんだよ!・・・」
周りの生徒たちが立ち上がり、民子を庇うように、前に出て達夫を睨む。
じりじりと達夫に迫ってくる生徒たち。
達夫、たまらず自分の席に戻る。
達夫「ううううう・・・くそ!食えばいいんだろ!食えば!」
達夫、勢いつけてひじきを口の中にかき込んでみるが、飲み込もうとするとの
どの奥から口の中へ戻って来て、吐きそうになり、口の中のヒジキを皿戻して
しまう。
目を凝らして見つめる民子、がっくりする。
民子「ハア・・・みんな、こんなのほっどいて、掃除すっべ」
と、自分の机を後ろの壁に押してゆく。
一番窓際の達夫の列以外の机を教室の後ろへ押し込み、前のほうから雑巾がけ
を始める生徒たち。
達夫、脂汗と涙まみれになりながらヒジキを必死に飲み込もうとする
机が元通りに並べられ、ぞろぞろ教室を出てゆく生徒たち。
正面から、おどおどして達夫を見つめている庄吉。
達夫、視線に気付く。
達夫「何、見てんだよ!あっちへ行け!」
庄吉「く、食うの・・・て、手伝うが?」
達夫「お前、気持ち悪いんだよ!・・・行けったら!」
達夫、怒鳴った勢いで残りのヒジキを手で口の中に放り込むが嘔吐しそうにな
り手で口を塞ぐ。
民子「余計な事すんでね!」
民子が走ってきて、庄吉の頭を殴りつける。
民子「このバガ!」
びっくりしてヒジキを飲み込む達夫。
庄吉「痛いよ!痛いよ~」
庄吉、大げさに痛がって教室の外に逃げてゆく。
民子「(皿を覗きこみ)みんな食えだみだいだな」
達夫「また蹴り飛ばされるんじゃないかと思って飲み込んじゃったよ・・・はあ~気持悪
りぃ」
と顔をしかめる。
民子「まえはよぐ庇っでくれだのに・・なんも覚えでねえなんて・・・」
恨めし気な顔で後ずさりして教室を出てゆく民子。
達夫mono「ん?ボクって今まで誰かに優しくしたことなんてあったっけ?」
ポカンと立ち尽くす達夫。
〇(回想)銀杏並木の歩道
涙を流し愚痴を言いながら歩く母親の後ろから、しょんぼりと歩いている航。
可南子「もう、何もかも信じられない。誰も信じられないわ」
教師の声「あなたのお子さんは、体が弱くて走る事の出来ない子や苛められても言い返す
ことの出来ない自分より弱い子をターゲットにしていじめを楽しんでたんですよ
あまりに卑劣な行為と思いませんか?」
〇(回想)大沼家・玄関
可南子、家の中に入った途端に航の頭をバッグで殴りつけ怒鳴る。
可南子「もう、アンタはママをどれだけ恥じかかせれば気がすむの!」
いきなりの母親の豹変にあっけに取られ、呆然と母親の顔を見つめ頭を床に擦
り付けてコブシを叩いて謝り続ける。
航「・・・ごめんなさい!ごめんなさい!ママ」
可南子「航!下手な芝居は止めて顔を上げなさい!」
航「ママ!ママ!・・・本当に本当に御免なさい」
可南子「(諦めの表情で)もう、アンタって子は・・・」
〇土手(午後)
達夫、線路を敷くため、畑のど真ん中に2メートル程盛り土をしたまま放置さ
れた土手の上を青い顔をして走って来る。
カバンを放り投げて背丈の高い草が生えてる場所に潜り込み、
小刻みにジャンプしながら後ろを振り返り遠くに見える小学校を確認してから
急いでズボンを降ろし、しゃがみこむ。
達夫「ふう~・・・(力んで)んん~」
草の上にとぐろをまいた糞が落ちる。
達夫、しゃがんだまま高く青い空を見つめ、
おもむろに目の前の大きな葉っぱを掴み取り尻を拭き、立ち上がりズボンを上
げる。
達夫「気持ちイイ!」
と大空に叫び、ジャンプしながら走って行く。
〇火の見梯子の下
空が灰色の雲に覆われてきて、青空が残り少なくなってくる。
肩から斜めにかばんを下げた達夫、火の見梯子のある分かれ道で春雄と別れる。
春雄「今日はおらんちで、パッタやっべ!」
達夫「ああ、すぐ行ぐがら」
〇大沼五郎衛門の屋敷付近の国道
走ってくる達夫、父親(昭三)を発見して立ち止まる。
昭三は、頭と体が半分マヒし、よだれをたらし寝巻の前をはだけて道端をヨタ
ヨタ歩いている。
達夫、周りを見渡し、急いで駆け寄る。
達夫「(咎めるように)父ちゃん!」
前に回って昭三の袖を引っ張る。
達夫「父ちゃん!・・・ほらっ!ふんどしからはみ出でる!みっともねえがら、早ぐしま
え!」
昭三「まぁ・・待で・・・しょ・・しょん・べん・・し・しでがら」
昭三、震える左の手でふんどしをまくり、土手下に小便を垂れ流す。
達夫「わっ!もう!」
慌てて横に飛び退くと昭三の股間が目に入る。
達夫「(mono)ちんちん真っ黒、父ちゃんもホントは立派な大人なのにな・・」
昭三「(とろけるような顔になり)はあ~・・・」
軽く腰を振ってゆっくり歩き出す。
達夫「隠して、隠して」
達夫、慌てて昭三の寝巻の裾を直して股間を隠し、背中を押してゆく。
〇庄司家・土間
達夫、 玄関の戸を開けて父親の手を引っ張って入ってくる
達夫「こっからは一人で行げんべ」
手を離しカバンを茶の間にほうり投げ、家の外に走り出る
昭三、左半身を震わせ見送る
〇春雄の家〈農家)の庭
登、達夫、春雄、三郎、さちが輪を作っている。
地面に描かれた四角の中に侍が描かれた四角いパッタが2枚。
春雄off「んっ!」
義経が描かれた大きな丸いパッタが勢いよく地面に張られると、四角いパッタ
が一枚は外に跳ね飛ばされ、もう一枚はポーンと宙返り裏返しにされる。
さちと三郎、手を叩いて喜ぶ。
登「オーッ!でけえので来だな」
達夫「ア~ッ、やられだ~」
春雄「いただぎ」
春雄、にんまりして二枚のパッタを拾う。
達夫、四角いパッタと小さな丸いパッタを見比べて迷っている。
達夫「えーい!これで行げ!」
達夫、丸いパッタを大上段から春雄のパッタに打ち付けるが、春雄のパッタは
ほんの少しズレただけ。
達夫「あ~あ(がっくりする)」
かばんを肩から外しながら正と仁志が近づいて来て、みんなの後ろで見物して
いる。
登、ズボンから四角いパッタを取り出し、角を少しだけ曲げる。
登「春雄!十枚もらうず!」
登、下手投げで地面を滑らす様に春雄のパッタに角をぶつける。
パシッと押し出される春雄のパッタ。
が、四角い土俵の内側で踏みとどまる春雄のパッタ。
登「惜しい!」
悔しそうに指を鳴らす。
春雄「ほー・・・」
胸を撫で降ろす。
正「やるじゃねえの!」
ビクッとして振り向く登たち一同。
春雄「正ちゃん!」
達夫「バスケの練習はどうしたの?」
正「これだ、これ!」
正、包帯を巻いた左腕を差し出す。
春雄「(登に囁く)第2部落も居るず」
登「清二の兄貴じゃねえが」
正と仁志、春雄と達夫を押しのけパッタの土俵の前に立つ。
仁志「俺が見本見せでやっから、ちょっとやらせでみれ」
登「中学に入っだらオラだち小学生ど遊んでもつまんねえべ」
仁志、威嚇するように、にやりとして学生服の上着からパッタを一枚取り出す。
仁志「俺が一回でこれ全部取れなかったら、おめえらに20枚やるず」
登「一回だけぞ(苦々し気に)」
仁志、上着のボタンを外し大きく振りかぶると、上着が大きく広がる。
仁志「フフフ・・・・そりゃ!」
腕を回すと上着も膨らみながら回ってゆく。
仁志のパッタが地面に叩きつけるやいなや、3枚のパッタが外に飛び散る。
一同「おお~!」
驚愕する一同。
仁志「みだが!おらの神業ば!」
一同を見まわして飛ばしたパッタを拾う。
激しく抗議する登たち。
登「上着で風起ごして!汚ねえず!」
達夫「ズルだ!ズルだ!」
春雄「そうだ!今のは無しだ!」
仁志「な~に、吠えでんだ?ボタン外したらダメなんて決まりはねえべ」
さち「(正に向かって)正あんちゃ、本当が?」
正「お、おら、知らねえよ」
仁志「ほんじゃ、もらっていくず。またな正」
にやにやしてパッタをひらひらさせ、走り去る。
登「ちくしょう・・・」
登、仁志の後姿を睨み付ける。
達夫「中学のくせして、恥ずかしくねえのが・・」
達夫の顔に悔しさがにじむ。
〇第一部落・全景
満月が家々や田畑を照らし、川の波に反射して光の川を作っている。
川向こうの灯りの消えた駅を貨物列車が通過してゆく。
〇庄司家・六畳間の部屋
達夫、智子、母親,父親と、順に隙間なく並んで寝ている。
達夫、ふっと眼を覚ますと音の無い暗闇の世界に引き込まれそうになり、恐怖
で目をぎゅっと閉じる。
その時、微かに汽笛が聞こえ、ガタンガタンと電車の音が聞こえてくる。
その音で独りぼっちからすくわれた思いで、寝入ってしまう。
〇(達夫の夢)公園
航「くそっ!」
走る航の後ろから大きな虎が追いかけてくる。
螺旋の滑り台を駆け上る航。
大虎も滑り台を駆け上って追いかけてくる。
航、どこまでも続く螺旋の滑り台を猛烈なスピードで滑り下り、ジャンプした
り、カーブで飛び出しそうになったりしながら逃げる。
〇夢・崖の道
航、片側が切り立った崖の凸凹道路を、自転車で走り降りる。
急カーブを曲がりきれなくなりポーンと飛び出し、自転車に乗ったまま空中を
飛ぶ。
航「ウワアア!」p>
〇夢・都市近郊の川
航、川を見下ろすように建っているマンションを飛び越えて、自転車ごと川の
中に突っ込む。
〇庄司家・六畳間の部屋
達夫、目を閉じたまま、声にならない声で叫んでいる.
達夫「あああ~!止まれ!止まれ!・・・曲がれ!曲がれ!・・・飛び出る~」
〇東京湾の海の中
海上の湾岸ビル群を仰ぎ見て、自転車を漕ぎ続ける航、向かってくるサメの群
れと衝突しそうになる。
航「ヤバイッ!」
水飛沫を上げて海上に浮上する航、サメから逃れて気が緩む
航「はあ~」
〇庄司家・六畳間の部屋
達夫、体を突っ張り、苦しそうにもがき悲鳴をあげたかと思うと、今度はホー
ッと力が抜け、朗らかに笑い声を上げる。
達夫「はあああ・・・」
表情もすっきりした顔になり眼を覚ます。
達夫「・・・ん?冷てっ!」
と、尻を浮かせ
達夫「・・・あ~あ、やっちゃった」
今にも泣き出しそうな顔で隣を覗く。
達夫「姉っちゃ?」
見渡すと智子と母親の布団が三つ折りできれいにたたんで積んである。
達夫「ああ、良かったあ、新聞配達に行ったあとだ~」
包丁の叩く音がする台所の方を見て
達夫「急げ!」
びじょびじょのパンツを脱いで下半身丸出しで、布団に出来た水溜りを、シー
ツ丸めて必死に吸い取る作業に没頭する。
達夫「ちっきしょう!もう寝ションベンなんか卒業したと思ったのに」
半分泣き顔で、丸めたシーツを手に持って雨戸を少し開け、 外に向かって敷
布を広げ小便を外にまき散らす。
〇庄司家・縁側
登「うわあ~!くっせえ!・・・やめろ! やめろっでば!」
登、ほこりを払うように手を振りながら後ずさる。
達夫off「シーッ、母ちゃんに聞こえる」
登「ションベン漏らしたのが!」
達夫「(顔を出して)もう、声が大きいって!」
登「達夫のしょんべんたれ~!言~ってやろ!言ってやろ!」
うれしそうに手を叩く登。
達夫「もう!ほんとに、止めでくれ!」
その時、ぽんぽんと軽やかな花火の音がして、青空に白い煙が破裂する。
登と達夫、空を見あげる。
登「しょんべんたれ!早ぐ行がねど運動会終わっちまうぞ!さっさど着替えで来い!」
達夫「う、うん!」
顔を引っ込めて雨戸を閉める。
〇青空
奥羽山脈を背景にして白いまだら雲が点々と散りばめられた真っ青な秋の空に
運動会の開始を告げる花火がパーン、パーンと破裂する。
〇崖の坂道
小山の真ん中を削り取って通した国道沿いのがけの細い道を家族連れが上って行く。
登と達夫、その後方を上って行く。
〇桑畑
登と達夫、崖の上に登って来る。
崖の上は桑畑が広がり、その先に中学校の尖塔が見える。
桑畑に沿ってなだらかな坂を下ってゆく登と達夫。
行く手に山の中腹を削って建てられた中学校校舎とグランドが広がっている。
登「やっぱり、中学の運動会はすげえな~、小学の運動会とは比べモノになんねえべ」
達夫「運動会というよりテーマパークって感じだな」
登「なんだ?そりゃあ」
達夫「あ?、い、いやなんでもねえ」
〇中学校のグランド
国旗掲揚台から三方へ手作りの紙で作った万国旗がたなびいている。
グランドの中では、ピストルの音を合図に50m競争の真っ最中。
周りの土手では家族や見物人たちが、むしろを敷いておにぎりをほうばったり
、お稲荷の入ったお重を開けたり、思い思いに座って応援している。
グランドの南北西の三ヵ所には、まるでお城の見張り台の様な三方の壁を緑の
杉の葉で覆った陣地が配置されている。
それぞれの陣地の正面には赤鬼、虎、骸骨の顔が描かれた畳2帖ほどの紙が張
り付けられ、それぞれの陣地の応援団の持つ赤色、黄色、白色の何本もの大旗
が風になびいて、勇壮さを醸し出している。
〇赤組の陣地(南側)
陣地の中は1m50センチ程の高床式になっている。
床の上で足元に届くほどの長さの鉢巻きをした応援団長が、横に陣取る大太鼓
の音に合わせ、応援の声を張り上げている。
赤組団長「フレー~、フレー~!赤組!フレッ、フレッ、赤組~~」
床の下の地面には競技の出番を待つ下級生と女生徒たちが、身を乗り出し応援
の手拍子を打ち、陣地の両脇の旗持ちが大旗を左右に大きく振っている。
〇グランド
棒倒しの対戦で、赤組と白組の選手がそれぞれの相手の棒に向かって突進して
ゆく。
赤組の選手が白組の守る棒に群がり、よじ登っては引っ張り降ろされている。
〇白組陣地(西側の校舎の前)
正面の畳二帖ほどの大きさのドクロの顔の下で白鉢巻の応援団長が声を張り上
げ、陣地の前に並んだ五本の真っ白な旗が左右に大きく振られている。
白組団長「フレー~、フレー~!白組!フレッ、フレッ、白組~~」
下級生たちが陣地の外に出て、手を振って応援している。
〇グランド
白組の選手が棒を守る赤組の選手を乗り越え次々と棒によじ登り先端にたどり
着き、とうとう棒を引き倒す。
総崩れになり倒れる赤組の選手たち。
勝利に万歳する白組の選手たち。
〇白組の陣地
ドンドンドンと大太鼓が打ち鳴らされ、歓声を上げる生徒たち
〇黄組陣地(北側)
みどりのアナウンス「次の試合は、只今の勝者白組と黄色組です!準備してください!」
男子が急いで飯をほうばり、グランドに走る。
残った女生徒たちは、地面に尻をついて座り、握り飯や稲荷ずしを食べおしゃ
べりに夢中。
応援団長が太鼓と共に必死の応援!
陣地の横で見ている達夫、響く太鼓の音に思わず耳を塞ぐ。
〇グランド
黄組の棒の先端までよじ登った白組の生徒が、激しく棒を揺らしている。
数名の白組の生徒が黄組の棒に群がり、棒が斜めに傾いて来る。
ついに黄組の棒が白組に倒され、棒から逃げ散る黄組の生徒たち。
〇黄組陣地
全員、立ち上がって応援している。
女生徒A「あ~あ!駄目だ!」
女生徒B「今年の優勝は白組にさらわれだな」
達夫「誰か棒の下敷きになってない?」
登「大丈夫だって!」
清二、陣地の裏の坂道を下って来る。
登「いよいよ、騎馬戦が始まるず、あんちゃんが大将だがら絶対負げねえぞ」
清二、登と達夫の後ろから
精二「誰も聞いでねえと思って何言ってるんだべ。どうせお前らはおらたち第二部落の肥
溜め行ぎに決まってるべ!」
登「(ギョッと振り返り)精二!・・な~におめえらこそ!馬糞まみれにしでやるず!」
精二「ひゃっははははは!粋がってられるのも今のうちだけだ」」
登たちを小ばかにして去って行く。
達夫「何言っでるんだ?」
登「あいずだげには、絶対負げねえず」
〇夢・現代の街
航、コンクリート造りの小学校の校門を出た道端で3名ほどの生徒に囲まれて
いる。
航「い、一体、何のまねだ!こんなことしてただじゃ済まさないぞ!」
男子A「もう、僕たち、航なんか怖くないもん」
男子B「今まで、散々僕たちをいじめた事謝れ!」
男子C「ほら!早く泣いてごめんなさいって言ってみろ!」
と口々に罵り、航を小突き回す。
航「謝るもんか!あ、明日からまたいじめてやる。お前ら絶対許してやらないから」
涙で顔をぐしゃぐしゃにして強がる航。
〇黄組陣地の横
勇、高床から梯子を伝って下りてくる。
登、腰の下まで垂れた黄色の鉢巻を締め直してる勇に声を掛ける。
登「あんちゃん!」
勇「(振り返り)のぼる!来てたが」
登「精二の兄貴のドクロの鉢巻、絶対にもぎ取ってな!」
勇「まかしとけ、あんなおなごの玉入れみでえなバスケなんかやっでる奴に、負ける訳に
ゃいがねえがらな。野球部の名に懸けて奴の鉢巻をもぎ取ってやる!」
〇白組陣地
清二、白鉢巻を締め直している仁志に声を掛ける。
清二「あんちゃん!登のあんちゃだけには絶対取られないでな!」
仁志「へでもねえよ!。あんな奴ら」
〇黄組陣地の横
登「あんちゃん、後ろから狙って来る赤組の公ちゃんに気をつけて」
勇「心配すんなっで」
その時、騎馬戦の開始を告げる声が聞こえてくる。
みどりのアナウンス「え~、では、次の行事は騎馬戦になります」
達夫、声の方を振り返る。
〇校舎内の放送室
窓からグランドを見下ろして緊張しているみどり。
みどり「選手は陣地の前に整列してください」
廊下側の窓ガラスを叩く茂。
みどり、振り返り茂を認めると、怒って席を立つ。
みどり「もう!茂の奴」
引き戸を開け、
みどり「何しに来たの?忙しいんだがらさっさど帰れ!」
茂「みどり姉ちゃ、登のあんちゃの出番だぞ。近くで応援しだほうが良いと思っで」
みどり「(顔が真っ赤になる)ガキのくせになに気いきがしてんの。バガ!」
茂、不満げな顔で去る。
〇赤組陣地
赤の鉢巻をつけた選手が立ち上がり、グランドに出る。
公一、長い鉢巻を頭にギュッと巻き付け顔を引き締めグランドに出る。
〇白組陣地
短い白鉢巻をした選手が縦4人ずつ、10列で陣地前に整列している。
先頭の仁志、白い長い鉢巻を胸の前の方にたらし、顔を引き締める。
〇黄組陣地
黄組の5列目の先頭に勇がやって来る。
馬役の信二、前に並んだ勇にいやみを言う。
信二「やっと来たか勇。クソでもしてたが」
勇「(前を向いたまま)うるせえ!さっさと馬ば組め!」
審判役の先生の声「騎手は乗馬して、整列!」
信二が膝をついて両手を後ろに回し、後ろの二人が同じく膝をついて片手は
信二の手を握りもう一方の手を肩に置いて馬の形を作ったところで騎手役の
勇がまたがる。
三人の馬役の足がふらつきながらも、グイっと踏ん張り大地を踏みしめ立ち
上がる。
青空に突き出る勇の顔、口を一文字に結び鉢巻を締め直す。
〇グランド
整列している白組の馬たち。
公一をはじめとして赤組の馬たちが白組の横に離れて並ぶ。
黄組も勇を先頭に赤組の横に離れて並ぶ。
グランド中央に審判の教師が三名進み出て、笛を鳴らし戦いの合図を告げる。
審判「試合、開始!」
黄、赤、白の騎馬が童謡を歌い他の二組をにらみながら、右斜めにゆっくり円
を描く様に歩み始める
黄組騎馬合唱「もしもし鬼とドクロさん、歩みののろいものはないどうしてお前はのろい
のか・・・」
三組の騎馬隊の円周の輪が次第に縮まって来る。
黄組の先頭の馬の信二と赤組、白組の先頭の馬が警戒しながら距離を保って回
っている。
騎手が両腕を前に突き出し左右を睨み攻撃するチャンスを狙う。
歌が終わった瞬間、三組30騎の騎馬が一斉に右の敵に向かって突進、戦いが
始まる。
騎馬隊の叫び声「うお~!」
勇「行けえ!行け、行けえ!ぶっ潰せ!」
信二、赤組の馬に頭からぶつかる。
勇、膝をつぼめ、信二と後ろ足役の手で握り作ったあぶみに、足の指を食い込
ませ立ち上がり赤組の騎手に覆いかぶさる様にして、鉢巻を取り投げ捨てる。
勇「よーし!取ったぞ!」
鉢巻を取られた赤組の馬がとぼとぼと後ろへさがって行く。
勇、周りを見渡すとすでに3組が入れ交ざり乱闘状態。
白組と赤組の取っ組み合いの最中、黄組の馬が赤の馬に襲い掛かっている。
黄と赤の戦いに白の馬が割って入り、3人の騎手の手が頭上で絡み合っている。
敵を求めてやたらと走りまわっている馬。
勇「こっちだ!」
勇、信二の肩を叩いて、味方の馬が苦戦している左の方向を指差す。
黄組の騎手を地面に落とそうとのしかかっている赤組の馬の後ろへ駆ける勇の
馬。
勇、易々と赤の鉢巻を取る。
仁志の馬が勇の馬に体当たりしてくる。
よろける勇の馬。
その隙に仁志、勇のハチマキに手を伸ばす。
体を後ろに反らし仁志の手から逃れる勇。
赤組の公一、仁志と勇の戦いを発見する。
公一「チャンスだ!勇のハチマキが取れるぞ!」
勇の馬に突っ込んで行く公一の馬。
勇と仁志、両手を組み合い馬が押し合っている。
黄組の騎手A「大将が危ない!」
黄組の馬、仁志のハチマキ目指して突進する。
仁志の馬に当り、騎手Aが仁志のハチマキに手を伸ばす。
仁志、騎手Aの手を払う。
勇「信二!右だ!」」
信二が右に向きを変えた途端、公一の馬が体当たりして来る。
よろける信二と後ろ足役の二人。
勇、振り落とされそうになる。
登「あんちゃん!」
達夫「アッ!」
登と達夫、思わず身を乗り出す。
信二の頭にしがみ付きかろうじて落馬を免れる勇。
勇に被さり 鉢巻に手を伸ばす公一。
勇、地面と水平になるまで押し倒されながら必死に相手の手を振り払う。
信二、相手の馬に押し込まれるも、必死に踏みとどまっている。
信二の左膝ががくんと曲がる刹那、右足を相手の馬の足に絡ませそのまま体をZ
預ける。
足を取られバランスを崩す公一の馬。
公一の馬「汚ねえぞ!反則だ!反則だ!」
信二「知るけえ!」
勇、傾き始めた公一と馬に圧し掛かる。
崩れ落ちる寸前の公一の肩を押し下げながら鉢巻を取る勇。
勇「一丁上がり~!」
と赤い鉢巻を高々と掲げる。
公一が落馬、その上に崩れ落ちる三人の馬。
仁志、黄組の騎手Aからハチマキを取ッた後、勇の真後ろに駆けてゆく。
勇の鉢巻の端を掴み引っ張る仁志。
勇、頭の鉢巻を片手で押さえ、もう片方の手で信二の肩を掴む。
勇の鉢巻をグイグイ引っ張る仁志。
勇の体が宙に浮き、足が馬から離れる。
瞬間信二たちの馬がいきなりバックして仁志の乗る馬にぶつかってゆく。
仁志「な、何だ?」
勇、くるりと向きを変え、仁志に覆いかぶさり組み付く。
仁志の鉢巻をもぎ取る勇。
空高く舞う長く白い鉢巻。
仁志「くっそぉ!やられたぁ!」
と馬上でがっくりと腰を落とす。
勇「見たか!俺の力を!」
試合終了のピストルの音が鳴る。
生き残りの黄組の四騎の騎馬たちが勇の周りに集まってくる。
登「見たか!やっぱり、あんちゃんは強えなあ!」
達夫「う、うん」
達夫、迫力に圧倒され言葉も無い。
グランド内では、負けた馬たちがとぼとぼと自陣地前に戻ってゆく。
〇田畑
茶色が混ざり始めた木々の葉や稲穂が揺れ、ざわつき始める。
山の上に黒い雲が現れ、凄い勢いで青空を覆いつくしてゆく。
〇登の屋敷
登の兄の勇が、家の窓に木を打ち付けている。
〇屋敷の近くの原っぱ
柿の実が強風に揺れ必死に枝にしがみついている。
枯れた小枝が折れ、柿の葉っぱと一緒に飛ばされる。
〇庄司家・裏口
戸口のそっぺ板が風に煽られバタバタはためいている。
ピーコ、ウサギ小屋の奥の方に避難してうずくまっている。
〇登の屋敷の前(夕方)
雨に交じって木の葉や小枝が雨戸にたたきつける。
屋根に豪雨が叩きつけてはしぶきになって飛び散ってゆく。
S68家の中・土間
登、外に向かって唸り声を上げる飼い犬のポチを抱きすくめてなだめる。
登「よしよし、大丈夫、大丈夫!」
と言いながらも、雨戸を叩く雨音や物がぶつかる音にビクつく登。
奥の台所から母親が出てきて玄関を見てつぶやく。
母親「お父さん、遅いねえ・・・・」
ポチ、なおも唸り続けている。
登「〈ポチに)いいがら!怖がらなくてもいいがら」
玄関の戸が開いて強風と共にびしょ濡れの父親が入って来る。
父親「帰ったぞ!」
母親「あ~っ、・・大変だっだね、ごくろうさま」
父親「いやあ、大粒の雨が顔にただぎつけできで。参った、参った」
登「(振り向騎く)父ちゃん!(涙声で)」
ホッとして抑えていた手の力が緩んだすきに玄関に向かって走るポチ。
登「アッ!ぽち~!」
ポチ、父親が戸を閉め切る寸前に外に飛び出る。
父親「ぽち!?」
登「ぽち!何処へ行ぐんだ!」
ポチの後を追おうと玄関を開けた瞬間、暴風雨が登の体を吹き飛ばす。
土間に転がる登。
父親「登!」
やっと戸を閉めて、登に駆け寄り抱き起す父親。
父親「大丈夫が?登・・・ポチの事は心配すんな」
登「・・・でも、こんな雨の中で・・・」
父親「ポチは勇敢な犬だ、台風なんか負けるわげねえ。お前が今外に出だら一発で風にぶ
っ飛ばされるのがおぢだ」
登「ポチ・・・」
〇庄田家・板の間
達夫、母親、智子が、ちゃぶ台を囲んで不安げに上を見ながら座っている。
そこかしこで、雨漏りが始まる。
智子「アッ、雨漏り!・・・洗面器!洗面器!」
達夫の背中を叩いて促し、台所へ走る智子。
達夫とトメ、立ち上がる。
〇台所
智子「これ!持ってげ!」
智子から洗面器とバケツを渡され板の間に戻る達夫
土間に落ちてくる雨
智子とトメ、土間の雨漏り個所にバケツを持って歩き回る
〇板の間
達夫、2か所の雨漏り場所にバケツを置きホッとして座り込む。
智子とトメ、板の間のかまちに座り雨漏りを眺めている。
トプン、トプンと洗面器やバケツに雨が落ちている。
その時、入口の戸を叩く音がして登の叫ぶ声がする。
登off「たつ~!たつお~!」
達夫、ハッとして玄関を見る。
達夫「登ちゃんだ!」
〇玄関
達夫、戸を開ける。
雨風が土間に叩きつける。
近づいてきた智子とトメ、一瞬よろける。
達夫「(手で雨を防ぎながら)ど、どうした?」
登「(切羽詰まって)ポ、ポチが!・・・一緒に探しでくれ!」
達夫「ええ~っ?・・で、でも~」
登「いいがら!来い!」
〇玄関前の庭
登と達夫、暴風雨に立ち向かい庭木につかまり、置石につかまりながらポチを
探している。
登「ポチ~!・・・ポチ~」
達夫「ポチ~!いい加減に出て来いよ!もう、」
登、ビクンと左方向を見る。
〇空き地の崖下
小川の水かさが増え、あふれた濁流があぜ道を乗り越え田んぼの稲をなぎ倒し
て行く。
窪地で風が弱くなっている稲の上ではポチと小熊のような大きな犬が死闘を繰
り広げている。
ポチは子犬の悲しさ、一度はジャンプして熊犬の背中に噛みついても、水の流
れに足を取られ思うように動けない。
ポチ、首を噛みつかれ、振り回され、耳を食いちぎられても、果敢に熊犬に飛
びかかってゆく。
〇空き地
登「逃げろ!逃げろ!ポチ~!」
登、原っぱに四つん這いになって叫んでいる。
〇空き地の崖下
ポチ、熊犬の上流に体を入れ替える。
焦って振り向く熊犬が倒れた稲の茎に足を滑らす。
その隙に飛びつき熊犬の睾丸に食い付くポチ。
熊犬、何度もポチを振り回してやっと投げ飛ばし、悲鳴を上げて逃げてゆく。
ポチ、熊犬の睾丸を咥えたまま倒れる。
ポチの体からは、血と混ざった真っ赤な水が流れ出ている。
〇空き地
登、腹ばいになって
登「ポチィ~!・・・なんで逃げねえの~」
泣き叫び崖をすべり落ちる。
達夫、崖っぷちにたどり着き柿の木にしがみついて下を覗く。
達夫「登ちゃん!危ない!」
〇空き地の崖下の小川
濁流にのみ込まれ流される登。
達夫「ヤバイ!」
登の体が、トンネルの入り口に掛かっている金網にぶつかる。
必死に草の葉を掴んで、泥流から顔を上げる。
登「プハアッ!ハアハア・・・・ポチ・・・・」
体を田んぼに乗り上げ、血の川をはいずりポチのもとに行く。
登「ポチ・・・死ぬなよ!死ぬんじゃないぞ・・」
登がポチを抱き上げようとすると、咥えた熊犬の睾丸を差し出すような仕草を
して、安心した様に顔から力が抜けてゆく。
登「ポチ?!ポチ~~!・・・・アハ、アハハハ(泣き笑い)・すごいぞ!すごいぞポチ」
泣きながらポチの顔をなでる登。
ぽちの体からは流れ出る血がなくなっている。
〇空き地
達夫、暴風雨にさらされ、柿の木にしがみついたまま叫んでいる。
達夫「ねえ~?登ちゃ~ん!大丈夫?」
〇空き地の崖下
登、誇らしげにポチを抱き立ち上がり原っぱと反対方向の国道への道を上って
ゆく。
〇屋敷の裏の空き地(翌日)
雲が急速に流れ青空が広がる。
木の枝や葉っぱが散らばった空き地の隅で盛り土を手で固めている登と達夫。
登「ポチ、お前、本当に強くてりっぱだったぞ」
達夫「でも、のどをあんなに食いちぎられで・・かわいそうに・・・」
登「ポチは体が小っちゃかったから泥に足を取られてうまく動けなかったんだ。乾いた土
の上だったら絶対勝っていたず!」
青空を見上げる登。
〇丘の上の畑
サクランボの木の枝や葉が散らばっている頂上で登が空を見上げ汗を拭ってい
る。
真上の真っ青な空を、雲の固まりが渦を巻く様に囲んでうごめいている。
達夫は、胸を押さえて息を小出しにして不安でいっぱいである。
達夫「なんか苦しい・・・」
登「どうした?風邪ひいたが?」
達夫「・・・空気がどんどん少なくなってるみたいで!このまま空気が無くなったらどう
しよう・・・・」
登「(小馬鹿にして)バッカ!・・・・空気が無ぐなるわげねべ!」
達夫「だ、だって!い、息が苦しい・・・」
登「気のせい、気のせい!心配ねえっで・・・俺たちは今!ちょうど台風の目の中にいる
んだがら」
達夫「台風の目って?」
登「台風の目の中に入るどだな晴天だけどちっとだけ空気が薄いんだず・・・・気いつけ
ろ~まだ暴風雨がやってくるがら」
雲の渦巻きが近づいてきて太陽が陰り、風が吹き始める。
達夫「(南の空を見上げ)あっ?もう来た?」
登「早く家へ戻るべ!」
登と達夫、急いで立ち上がり、雨が降り出してきた丘を下る。
〇屋敷(夜)
暴風雨が屋根に叩きつけ、庭が泥水の川になっている。
〇屋敷(朝)
白い雲が流れ去り、朝日が上って庭の葉っぱについたしずくがキラキラ輝く。
庭から水が引いて泥が乾き始め、小鳥たちが青空に向かって飛び立つ。
〇屋敷の近くの空き地
奥の方で、登がポチの墓の前で木片に名前を彫っている。
達夫、柿の木にもたれ、ぼんやり空を見ている。
柿の木の枝の先には、真っ赤に熟しトロトロの果肉が今にも薄い皮を破って溶
ろけ出しそうな実が垂れ下がっているが、達夫には見えていない。
いつの間にか一男、春雄、さちが達夫の後ろに立っている。
一男「(一郎に)見ろ!あんだけの風の中で、よお残ったべな~」
達夫「〈キョロキョロするが)ん?」
春雄「早く取らねえと落っこちまう」
達夫の真上に垂れ下がった柿の実。
達夫「〈春雄の目線をなぞって)ああ?もう間にあわないんじゃね?」
一男が枝の先がY字になった木の棒を探して持ってくる。
さち「早ぐ取って、落っこちてしまう!」
一男、棒を伸ばすがわずかに届かない。
一男「う~ん、ダメだ・・・上って取るしかねえべ」
ニヤッとして達夫の肩を抱く一男。
一男「よう、達夫!こんなの軽いもんだべ!?」
ビクッと顔をこわばらせ振り向く達夫。
達夫「木登りなんか出来ないって!・・・」
春雄「なあに言ってんだ?おめえの取柄は木登りじゃ無かったが?」
一男「達夫~おめえ一年前ど性格が変わっちまっだけど、体は覚えでるべ~よ」
と、手で達夫のしりを思いっきり叩く。
達夫「痛っ!」
達夫、前につんのめり柿の木に抱きつく。
達夫「ほんとのほんとに出来ないってば!」
半泣きの達夫。
一男、手を振り上げ怒鳴る。
一男「泣き事言ってねえで、さっさど行げ!」
達夫「ひっ!」
渋々小川の上に張り出した柿の木の枝にそろそろとよじ登り、木の幹に足をか
け体を伸ばして枝の先の柿を掴もうと必死の達夫。
一郎とさち、達夫と同じ動作して歯を食いしばって見守っている。
達夫、じりじりと手を伸ばす。
しなる枝、プルプル揺れる熟柿。
熟柿と達夫を見比べる春雄。
達夫「もうだめ!無理!無理!」
春雄「も少しだ!頑張れ!」
枝にポキポキと亀裂が入り、とろりとした実が今にも落ちそうに上下に揺れる。
思わず差し伸べた手を引っ込め、枝にしがみ付く達夫。
達夫「もう進めない。枝が折れる~」
柿の木がミシミシと叫び声を上げる。
一男「柿を落としたら承知しないぞ!」
達夫「勝手な事言うな~」
戻ろうと後ろを振り向いた瞬間、腕に力が入り握った枝がパキッと折れる。
達夫「ああっ!」
と、声を上げる間もなく枝を掴んだまま頭から落下する達夫。
さち、思わず眼を覆う。
反動で熟柿が枝から外れる。
瞬間、一男の眼が、達夫から熟柿へ移る。
一男「柿!?、さち!」
大きく弧を描き、さちめがけて空中を飛んでくる。
さち「きゃっ!」
さち、思わず手を広げると熟柿がすっぽりと収まり、掌の中でドロドロになっ
ている。
一男「おお!ナイスキャッチ!」
達夫「わあ!」
達夫の方は枝と共に落下して、川の土手に背中を打ちつけ跳ね返り半回転して
頭から川に突っ込む。
春雄「うわあ~!やべえっ!」
登、悲鳴と波飛沫の音に、振り向き必死の形相で走る。
登「達夫ぉ!」
〇柿の木の下の小川
登、春雄と一男を突き飛ばして川に走り込み水の中に顔を突っ込んだままの達
夫を抱き起こしホホを叩く。
登「大丈夫か?達夫!頭打ってねえが?」
達夫「(水を吐き出し)・・・チキショウ!なんでボクがコンナ目に合わなくちゃいけな
いんだよ!」
崖の上から一男が嬉しそうに声を掛ける。
一男「達夫!柿はうまぐキャッチしたがらな」
とさちの掌に指を突っ込み一舐めする。
さち「アッ!」
登「一男!おめえのその汚ねえ指、柿に突っ込むんじゃねえ!」
達夫から手を離し立ち上がる登。
達夫「うわあー」
再び川に投げ出される達夫。
一男・春男「エッ?」
さち「ああっ?!」
驚く一男、春雄、さち。
登「アッ・・・わりい、わりい」
登、笑いながら手を差し伸べる。
達夫、顔を膨らませ登の手を払いのけ立ち上がる。
達夫「〈前を向いたまま)ひどいじゃないか!一生恨んでやる!」
〇小川の川岸
達夫、川から上がって来る。
一男、春雄、さちが神妙に見つめている。
達夫、わざと体を揺すり服から水を飛び散らせる。
一男、春雄「うわっ!」
さち「冷たーい!」
達夫「ふん!当たり前だ!」
憤然と一男と春雄の間を通りすぎてゆく達夫。
〇小川
登、水に浸かったまま達夫を見送り苦笑い。
登「もう!冗談のわがんねえ奴」
〇二階の祖父〈登)の部屋の前の廊下
祖父の登、階段の上がり口に備え付けられた通行止めの柵に掴まり、叫んでい
る。
祖父「京子さん、今日はもう晩飯は終わりかの」
可南子、階段の下で怒鳴っている。
可南子「キョウコさんって、いったい誰ですか?私は可南子です!おじいちゃんの息子の
子供の妻です!毎日朝昼晩、お食事作って差し上げてる可南子です!」
階段の上り口で手すりを握り締めて二階に向かって叫ぶ可南子。
祖父「そうでしたか、君子さん・・・晩飯は終ったんですかな」
可南子、怒り満載の顔で階段を駆け上がってきて、祖父の手を握り締める。
可南子「もう、勘弁してよ、おじいちゃん!!」
可南子、諦めのため息をつき無理やり両口端を上に引っ張り上げ笑いかけ、
幼児をあやす様に言葉を掛ける。
可南子「次の食事は5時間後ですから、もう少し待って下さいね」
〇台所
テーブルの上のピザを食べようとする航の背に母親の呪いの声が聞こえてくる。
可南子off「あーもう、実の親でもないのに何で私だけこんな苦労させられるの?・・
あんたは、なんでこんな厄介者を残して死んじまったのさ!」
航「ママ・・・僕も、厄介者なの?」
〇田んぼのあぜ道
登、達夫、春雄、一夫、三郎、ススキが群生する山の斜面に向かって行進して
いる。
全員、勇ましい表情で腰に木の枝で作った木刀を指し、風呂敷を肩に掛け、右
手を額の上で三度笠のふちを掴んでいる格好をして斜に構えて歩いている。
〇山の斜面
こちらも風呂敷をまとい木の枝の刀を腰に差して清二、茂、豪太、強が仁王立
ちで待ち構えている。
さちが松の木に縛られている。
横で民子がニヤついている。
〇丘のふもとのあぜ道
ぐんぐん丘にいる清二たちに近づいて来る登たち、一斉に首に巻いた風呂敷を
外して空に向かって投げ飛ばす。
と、空高く舞い上がったのは、本物の合羽と三度笠。
〇丘の上・松の木の下(東映股旅映画のイメージで)
清二たちが黒駒勝蔵一家になり切り、着物に白だすきをして待ち構えている。
後ろの松の木には縛られている着物姿のお蝶(さち)と、傍にしどけない着物
姿の勝蔵の情婦(民子)。
走って向かってくる登たちの清水次郎長一家も着物に白だすき姿。
勝蔵(清二)「逃げださねえでよく来たな!次郎長!」
次郎長(登)「やいやい!勝蔵!ヒトの女房をかっさらって人質にするとは渡世人の風上
にもおけねえ!さっさとお蝶を離しやがれ!」
勝蔵(清二)「女房を返してほしけりゃ、お前の首を差し出すんだな!」
次郎長(登)「こうなりゃ、力ずくで奪い返してやらあ!」
といきなり刀を抜いて勝蔵に切りかかる。
勝蔵、余裕で刀をかわし刀を抜いて構える。
勝蔵(清二)「野郎ども、やっちめえ!」
勝蔵の手下(茂、豪太、強)「オーッ!」
勝蔵の手下達(茂、豪太、強) が刀を抜いて、次郎長の子分達(達夫、春雄、
一夫、三郎)に襲いかかる。
次郎長の子分たち「野郎!」
次郎長の子分達も刀を振り上げ、立ち向かう。
達夫と茂が刀を合わせ、春雄が強に切りかかり、一男と三郎が豪太を取り囲み、
左右からの切り込みを必死にかわす豪太。
勝蔵の情婦(民子)、こぶしを握り締め、我慢できなくなってたすきをかける。
情婦(民子)、懐から短刀を抜いて、豪太の横に並ぶ。
情婦(民子)「一人に二人がかりは卑怯なり!」
一男「女の出る幕じゃねえ!引っ込んでろ!」
情婦(民子)「女と思って見くびると痛い目にあうよ!覚悟してかかってきな!」
三郎「生言ってんじゃねえ!」
と、情婦(民子)に突進し切りつける。
三郎、短刀で応酬する情婦(民子)。
〇ススキの原っぱ
九人のやくざと一人の情婦がススキの生い茂っている原っぱでチャンチャンバ
ラバラ楽しそうに剣を振り回し所狭しと駆け回っている。
〇丘の上・松の木の下
次郎長(登)が勝蔵(清二)に追い詰められている。
勝蔵(清二)「ドゥリャ~!」
勝蔵、刀を斜め横と滅茶苦茶に振り回す。
尻もちをついて防戦一方の次郎長。
勝蔵(清二)「切ったぞ!」
その時、東映股旅映画の世界が現実の子供たちのチャンバラごっこの世界に戻
る。
登、立ち上がって叫ぶ。
登「今のは、服をかすっただけだ!切られてねえ」
清二「うそこぐな!確かにおめえを切ったず!」
登「次郎長は切られねえ事になってんだ!ちゃんと映画の筋に合わせねえどだめだべ!」
清二「そんなの関係ねえ!」
と大上段から刀を振り下ろす清二。
登、その刀を受けて素早く屈んで胴を斬り清二の斜め後ろに逃げる。
登「どうだ!」
清二「ヤラレタ!」
清二、大げさに体を仰け反らせ、ススキに覆いかぶさる様に倒れる。
登「おーい!清二を切ったぞう!」
登、周りに向かって叫び、松の木に縛られたふくれっ面のさちの縄を解く。
登「ほい!お役目ご苦労さん」
さち「さち、縛られ役つまんね、お姫様役やりてえ」
登「(苦笑い)又今度な」
〇ススキの原っぱ
民子、茂と戦っている達夫の前に出て、片手で握った棒っきれの刀を軽々と振
り上げる。
民子「おらにもやらして!シゲちゃん、ちょっとどいで!」
茂「あ、ああ・・・」
達夫「なんでお前が来るんだよ!」
民子「おめえ、おらが怖えのが?」
民子、いたずらっぽく笑い、斜め、横、また斜めと棒を振り回す。
ほとんど木刀を振れず防戦一方の達夫、民子の小手が入り、痛みで木刀を落と
しうずくまる。
民子「(ハッとして心配する)達ちゃん!?・・・大丈夫か?」
達夫「痛ってえ!民子なんて嫌いだ~!」
民子「(ムッとする)おめえが、弱すぎなんだず~・・・なんだべ!男のくせして」
茂、すねた民子の顔をいぶかし気に見つめる。
茂「ん?・・・・」
〇丘の上・松の木の下
しょんぼりした清二、豪太、強たちが勝ち誇る登や春雄、一夫、三郎・さちに
囲まれている。
登「俺たちの勝ちだな、第一部落の肥溜めは臭えぞ!覚悟しとけ」
春雄、一男、三郎「臭えぞう~!」
清二「くそう!」
豪太「くやしい・・・・」
強「肥溜め止めて~!臭えのやんだず~!(と身震いする)」
登、春雄、一夫、三郎、さち「あははは・・・」
達夫、茂、民子がやって来る。
民子「なんだ、もう終わりか。つまんねえの」
登たちと清二たちが、反対方向へ分かれて家路につく。
丘を夕日が染めて、赤とんぼの大群が空を覆い、稲刈りの終わった田んぼに
向かって飛んでゆく。
〇国道
達夫、家に向かって走っている。
深刻な顔をして家の方から走って来る智子。
智子「達夫~っ!」
智子と向かい合い身震いして足踏みする達夫。
智子「おめえ、もう知ってんのが?」
達夫「何?」
智子「父ちゃんの事」
達夫「?」
智子「おめえ、そんなに急いで走ってくっがら、てっきり」
達夫「(苦しそうに)う、うんこがもれそうなんだよ!」
智子、駆け出す達夫の背中に声を掛ける。
智子「父ちゃんもうだめだ!」
達夫「だめだが・・・」
達夫、一瞬立ち止まるが、お尻を押さえ漏れるのを我慢してぎこちなく走って
ゆく。
達夫「あ~っ!・・・」
〇庄司家・6畳間
かすかに息をしている達夫の父親。
布団の右側に医者と看護婦、左側にトメが座っている。
トメ、脱脂綿で途切れ途切れに息をする父親の唇を濡らしている。
達夫と智子、恐る恐る入って来てトメの横に座る。
トメ「ほら、最後に口をふいでやれ」
達夫と智子、トメに脱脂綿を渡され、真っ白になった顔の父親の唇を拭く。
医者が布団に入れた手で脈を測る。
フ~ッと大きく息をして動かなくなる父親。
医者「ご臨終です」
布団から手を抜いて腕時計を見る医者。
医者「死亡時刻午后2時36分」
おごそかな医者の言葉にトメ、せきをきった様に嗚咽を漏らす。
トメ「うっ、ううううう」
智子、布団の端を握り締め肩を震わせる。
達夫、きょとんとして父親の死顔を見つめている。
〇同・庭
朝日を浴びて井戸の周りで飛び回るオニヤンマの羽根がキラキラと光を反射し
ている。
〇庄司家・6畳間
トメ、智子、達夫、顔に白い布をかぶせられた父親の遺体の前に座っている。
戸の開く音の方を見て
トメ「ああ、来やったか」
部屋を出てゆく。
男A(off)「おはようさんです.こんたびは本当にほんどにご愁傷さまでしだ」
トメ(off)「どうも、どうも、お世話かけます」
トメと男A、棺桶を背負った男Bが入って来る。
達夫と智子、慌てて立ち上がり部屋の隅に移動する。
男B、遺体の枕元に棺桶を下して蓋を取る。
達夫「(声を潜めて)あのでっけえ桶、何すんだ?」
智子「おらも知らね」
そこへ登と父親が入って来る。
登、達夫の横に来て
登「達夫、大丈夫が?」
達夫「うん」
登の父、立ったまま遺体に手を合わせ、男たちに挨拶する。
登の父「これはこれは、ごくろうさまです」
男A「いやいや、早速ですが取り掛からせてもらいます」
男B、遺体に手を会わせ、顔から布を取って三角形の布を額に貼りひもで結わ
え付ける。
おやじB「(立っているAに)おらが頭持つからおんつぁは足持ってけれ」
おやじA「おっしゃ」
男A,B、遺体を持ち上げ体を折り曲げつつ尻から棺桶に入れようとするが、
膝が引っ掛っかり、ドシンと上半身だけ棺桶の中に入ってしまい、足が棺桶に
入りきらずはみ出ている。
男A「こりゃだめだ!(トメに)おやっさん、いい体格してたんだねえ」
トメ「はあ・・・(戸惑う)」
達夫、ドキッとして智子の後ろに隠れる。
達夫「は、はみ出でる!?」
智子「わ、分がんねえ」
達夫と智子、動揺してドキドキ高鳴る胸を両手で抑える。
登も緊張して見つめている。
男B「どうすべ?(しばし思案して)すんません、大沼のおんちゃもちょくら手伝ってくれねべが?」
登の父「あ、ああ・・・いいですよ」
と棺桶に駆け寄る。
男B「んじゃ、二人で頭の方を持ち上げて貰えますかの」
男A・登の父「そーれ、と」
棺桶の端に遺体の尻を乗せて、胸に引っ付くほど膝をギュウギュウ押し込む男A。
達夫「うううっ!あんなに曲げたら痛そう」
智子「バガか!死人が痛みを感じる訳ねえべ」
達夫「(指の隙間から覗く仕草で)で、でも!悲鳴上げてね?」
智子「(顔を背けて)そんな怖いごと言うんでね」
登「(軽い溜息)ふう・・・やっど棺桶の中に入ったず」
男A,Bが棺桶の蓋をして十字に縄を掛け縛っている。
男A「いやあ、これで仏さんも落じ着いてあの世に行げると言うもんだ」
トメ「おかげさんで、有難うございました」
トメ、男たちにペコペコ頭を下げ続ける。
登、達夫と智子、恐怖と緊張がほぐれこわばった肩を落とす。
〇村はずれの道
達夫の父の葬列が神社への階段の入り口の前を通ってゆく。
坊さんが先頭を歩き、棺桶を担いだ男A、棺桶を支える男B、遺影を抱えたト
メ、智子、達夫と続き、その後ろに登の父親以下近所の大人たちが続く。
トメ、智子、達夫は額に三角形の白い布を結わえている。
〇寺の門
古ぼけた門の短い階段を上り寺の中へ入ってゆく行列。
達夫、門の異様さにおびえ、立ち止まる。
智子、達夫の顔を覗き込み肩を叩いて入るよう促す。
庄司家・6畳間
寝ている達夫、夢にうなされ息が荒い。
〇(夢の中)異様な村
達夫が獅子舞に追われ、見知らぬ家の中に逃げ込む。
ホッとする達夫に家の中から襲い掛かって来る獅子舞。
達夫「ギャア~!」
家から道に転げ出てくる達夫。
道の向こうから大勢の子供たちが剣を振り回す天狗に追いかけられて達夫に向
かってくる。
いつも間にか子供たちが消え、天狗だけが達夫に迫って来る。
逃げる達夫。
天狗が家並みの角から現れ達夫の前に立ちはだかる。
達夫「アッ!」
前と後ろから迫ってくる天狗、達夫の体を切り刻む。
血は出ないが、体を切り刻まればらばらになり飛び散る達夫の肉体。
〇(夢の中)地獄のトンネル
荒れ野を歩く達夫。
崖上や崖下で地獄の鬼に責め苦を受ける罪人たち。
達夫、火あぶり、針山等を平然と見ている。
達夫「あの人たちはずーっと同じことを繰り返して飽きてしまわないのかな。でも飽きて
しまっても強制的に続けさせられているのかな・・・つらくないのかなあ」
周りがトンネルの壁だけになり、階段を下りてゆく達夫。
〇(夢の中)崖
洞窟の出口を月明かりが照らし、脇を流れる川がキラキラ光っている。
達夫、一瞬まぶしさに目をそらすが一気に走り出す。
しばらくするとまわりは雑木林になり、所々に灯りのついた提灯が現れ、その
先に鳥居が見える。
ウキウキして歩く達夫、一個の提灯を指で軽く弾くと、提灯が破裂しろうそく
の灯りが大爆発する。
達夫の顔が歪み、引き千切れる。
〇庄司家・6畳間
達夫、ガバッと起き上がり大きく息を吐く。
達夫「はあ~はあ~」
隣に寝ている智子と母親の顔を眺めた後、父親の布団が敷いてあった場所に目を移
すと。
死んだはずの父親が座っている。
身震いする達夫。
達夫「うわうっ!」
いきなり布団から飛び出し、雨戸を少しだけ開ける。
月明かりが部屋の中を照らすと、父親の姿は消えている。
ホッと安心する達夫。
智子、まぶしそうに眼を覚ます。
智子「どうしたの?」
達夫「な、何でもないすぐ寝っから」
智子「もう!びっくりさせんなず!」
と布団をかぶる。
達夫、そろそろと雨戸を閉める。
また、部屋の中が暗闇になる。
〇村道(昼間)
片側の家々の塀や壁に沿って水飴、水風船、綿菓子、焼きそば、イカ焼き、金
魚すくい、お面・おもちゃ・パッタ売り、景品的当てなどの露店がずらりと並
んでいる。
道路の反対側は水流が多く流れの急な用水路。
まだ大人たちの姿はちらほら歩いている程度。
浴衣を着た民子が、綿菓子を食べながら同級生のみよこと歩いて来る。
春雄と庄吉、民子の口紅をからかう。
春雄「民子が色気ずいてるぞ!しぇんせいに言いつけてやる!」
みよこ「言いつけても無駄だもんね~、お祭りじゃ口紅つけて良いんだよ~だ!」
あかんべえをするに横と民子。
みよこ「べー~!」
民子「べー~だ!」
それを見てさちが、顔を膨らまして春雄の腕を引っ張り自分の口を指差す。
春雄「アッ!おめえも?」
さちの口紅を見て驚く春雄。
さち、得意顔でにんまりする。
登と達夫が近づいて来る。
ちょっと恥ずかしそうにもじもじする民子。
庄吉、にやにやして民子に顔を突き出して。
庄吉「ん、んでも民子にゃ、く、口紅は似合わねえものなあ」
民子「おめえは黙ってろ!」
顔が赤くなり怒鳴って庄吉を突き飛ばす。
庄吉「うわっ!」
はずみで水風船の入った箱をひっかけ、風船が箱からこぼれ道路に散乱する。
庄吉、水風船に足を取られ転がり用水路へ落っこちる。
民子「庄吉!」
水風船屋「なーに悪さしてんだ!このガキめらあ」
怒鳴りながら必死で風船をかき集める。
庄吉「た、助けで~!」
庄吉、浮き沈みながら流されて行く。
民子、川べりに駆け寄るがなすすべも無い。
民子「お、おら・・ど、どうすべ・・・」
登、達夫、春雄も、なすすべが無く追いかけるだけ。
春雄「庄!庄吉~!」
見物客や露店主たちが川べりに集まって来る。
水飴屋が横の男の肩を叩き次の橋に走る。
腹ばいになる水飴屋。
水飴屋「(男に)足をしっかり押さえててくれ!」
男「おう!」
男、水飴屋の足を引っ張るように押さえる。
水飴屋、腕を水の中に入れてスタンバイする。
庄吉の姿が、橋の下に隠れて見えなくなる。
追いついて息をのむ登たちと民子たち。
水飴屋「そ~れ来た!早く橋につかまれ!」
水飴屋、庄吉のわきの下を掴み、体を持ち上げる。
男たち「そ~れっと!」
周りの男たちが素早く庄吉のベルトや脚を掴んで橋の上に引き上げる。
追いつく民子とみちよ。
水飴屋 が庄吉の胸を2,3回押すと、水を吐く庄吉。
民子とみちよ、顔を合わせホッと胸をなでおろす。
水飴屋、庄吉を起こす。
水飴屋 「よ~し、もう大丈夫だ(と背中を叩く)」
登、達夫、春雄が駆け寄ると、頭をかいて照れ笑いの庄吉。
庄吉「え、へへへっ」
〇夜の村道
昼間とはうって変わって電灯と提灯、エチレンガス燈で淡く照明された露店。
狭い道を綿あめや焼きそばを頬張りながらそぞろ歩く人たち。
子供たちが月光仮面、まぼろし探偵、アトムなどのセルロイド製の仮面に群が
っている。
〇神社への坂道
曲がりくねった道脇の木々につるされた提灯のロウソクに灯をつけながら、ご
つごつした自然石の階段を上ってゆく祭半纏姿の男。
母子連れが下りてきて一礼してすれ違って行く。
〇神社への入り口
左の方から続いている露店が入り口で途切れ、右側は竹や雑木の生い茂る崖に
なっている。
祭り見物客たちが、枯れかかった白木の鳥居をくぐって坂を上ってゆく。
真っ暗な林の中、提灯の灯りが石段だけを照らしている。
〇神社の広場
紅白の幕で囲われた広場の端から端へ渡されたロープにつりさげられた多数の
提灯の灯りが広場を温かく照らしている。
家族連れや子供たちが土俵の周りに集まって、思い思いの場所に座る。
〇神社の裏手
素っ裸になった登、三郎、達夫たちと清二、茂、豪太たちがそれぞれのグルー
プに分かれ、まわし姿の大人たちに、まわしを着けてもらっている。
茂、何か言いたそうに達夫の方を見つめているが直ぐ顔を伏せる。
股間を両手で隠しもじもじしている達夫。
大人A「何、恥ずかしがってんだ?おめえ?」
達夫「だって・・・人前で裸なるのなんて初めてなんだもの」
大人A「〈笑いながら)すかんぽみてえなチンポがイッチョマエに語るごと!この間まで
かあちゃんと一緒におなご湯に入ってたべず!もう忘れだのが?」
と、尻を叩き、ギュウギュウとまわしを巻き付ける。
達夫「い、痛え!」
大人A「よ~し、終わっだ!」
まわしをポーンと叩く。
まわしをつけ終わった清二が、にやにやしながら達夫に近づく。
清二「第一部落はおなごが相撲とんのが?」
達夫「何言ってんだよ!」
清二「さっぎからおなごの声がするんだず」
達夫「そういうお前は肥溜めの糞だ!・・・」
清二「言っだな!」
身構える清二。
達夫「言っだとも!」
登、清二に向かって顔を突き出す達夫を捕まえ引っ張ってゆく。
登「達夫!気い入れねど第二部落に勝てねえぞ!」
〇神社
神社の左側に第一部落のまわし姿の小学生3名中高生3名大人3名が縦に並び
同じく右側に第二部落が並んでいる。
子供たちは思い思いにしこを踏んだり、屈伸運動をしたりしている。
神社の中に法被姿のお年寄りが座り、縁側に小さな優勝カップやノート、鉛筆
などの商品が並んでいる。
〇神社の広場
広場の片隅に作られた土俵の周りを囲んでいる数十人の観客。
行司「見合って~見合って~」
三郎と豪太が両手を付いて睨みあっている。
行司役の青年が軍配を返す。
行司「残った!」
抱き合うように立ち上がる三郎に猛然と頭から突っ込んでがっちりとまわしを
掴む豪太。
三郎、ずるずると土俵際まで押しこまれる。
清二「そこだ!一気に行げ!」
土俵前に座る達夫と登、三郎に声援を送る。
登「踏ん張れ!腰を入れろ!腰!」
達夫「腰だ!腰!」
踏ん張る三郎を、今度は引くようにして上手投げで土俵の真ん中に投げ飛ばす
豪太。
達夫「(がっくりとして)あ~あ」
東に上げた軍配を西に上げ直し、軍配に書いたメモを見ながら声を上げる行司。
行司「えーと、西!豪太川の勝ち!」
得意そうな笑顔の豪太と泣きそうな三郎が土俵中央で交差する。
〇神社の階段
足早やの下駄の音をさせて石の階段を上って来るみよこと民子。
みよこ「あ~、間に合わなえがもしんない(後ろ下の民子の方に顔を向けて)ごめんね、
民ちゃん!おらが口紅直すのに手間どっだばがりに」
民子「いいがら、いいがら、ちゃんと前向いで、気いつけで走って!」
〇神社の広場
行司が土俵中央でメモを見ながら呼び出しをしている。
行司「ひが~し、達夫~山~、に~し、茂~谷~」
大人の見物人が立って土俵の周りを囲んでいる。
走って来る民子とみよこ。
すっくと立ち上がる東の達夫と西の茂。
民子、背伸びして。
民子「達夫の取り組みは、これからだよ!」
みよこ「良かった~!間に合っだ~!おらにも見せで!見せで!」
みよこ、何度もジャンプする。
民子「(キョロキョロして、土手の方を見る)みよちゃん!あっちで見るべ」
民子、みよこの手を引っ張って土手の方に移動する。
茂、立ち上がる。
民子とみよこ、根元から枝分かれした松の木の片方の枝に上り土俵を見る。
木のかげで庄吉が陣取って応援している。
みよこ「民ちゃん(泣き声になり)、達夫クンの相手、茂だよ~・・・この対戦はおらだ
ちには悲劇だ~達夫クンが負けたら民ちゃんが悲すいし、茂ちゃんが負けだらおら
が悲すいし・・・おらだち、ロミオどジュリエットみてえだな」
庄吉が木の後ろから顔を覗く。
庄吉「ぐふふふ・・・だ、誰がロミオだっで?」
みよこ「きゃっ!」
民子「盗みぎきしたな!」
庄吉「オ、オラの方が先に来てたんだべ」
民子とみよこ、照れ笑いの顔を見合わせる。
行司「合わせて、合わせて、残った!」
達夫と茂、立ち合い、頭同士で激突する。
民子とみよこ、ハッとして目を閉じる。
がっぷり右四つで互いに押しては残しを2度繰り返す。
茂、グイッと達夫を引き付け持ち上げ、土俵際まで持ってゆく。
達夫かろうじて俵に左足を乗っけてこらえ、左足で茂の左足に外掛けを掛ける。
登「こらえろ!こらえろ!」
達夫、弓なりになりながら必死に、右足で茂の右足を浮かせ、左のまわしを持
ち上げる。
達夫が体を入れ替える。
茂が達夫の下になって土俵の外に倒れ込み、おが屑が巻きあがる。
民子・みよこ「あっ!あぶねえ!だめだず!」
二人抱き合って叫ぶ。
応援の子供二人「お、おおっ・・・」
達夫と茂がもつれあって砂かぶりで応援している子供たちの上に、倒れ込んで
くる。
かろうじて達夫と茂の下敷きを免れる子供たち。
民子「やったあ!」
行司、倒れている達夫と茂を覗き込み。
行司「う~ん・・・」
倒れている達夫と茂のすぐ横に座っている登が行司につぶやく。
登「西の方が早ぐ落ちたんじゃねえが?」
行司「(達夫と茂を見たまま)そ、そうみてえだな」
と土俵中央に戻り、軍配を東に向け
行司「達夫山の勝ち~!」
清二、腰を浮かして文句を言う。
清二「おい!行司!ちゃんと見てたのが?」
行司「(威嚇するように)間違えねえんだがら!文句いうな!」
清二、渋々座る。
茂、立ち上がる寸前に、達夫に話しかける。
茂「強ぐなったね、たっちゃん・・後で話し聞いてほしい事があるんだず?」
達夫「はあ?・・・分がっだ」
達夫、無頓着に立ち上がり徳俵に戻り 礼をする。
民子「(正面から視線を移し)みよちゃん・・・帰るべが?」
みよこ「(寂し気に)う、うん!」
民子とみよこ、木の枝から降りると木に吊るした提灯が揺れる。
民子「(庄吉へ)ちゃんと応援しとげよ」
庄吉「あ、あ、ああ・・・」
庄吉、応援の輪から抜け出す民子とみよこを見送る。
しこを踏む清二。
清二「(座っている茂に)登にゃどんなことしても勝つがら・・・見でろ!」
茂「あ?ああ~」
茂、不安そうな顔で見つめる。
行司、軍配を構えている。
行司「見合って!見合って!・・・残った!」
仕切る登と清二。
軍配が上がる。
猛然と頭から突っ込む登。
清二、立ち上がる寸前、土俵のおが屑を掴む。
張り手をする清二、その手からおが屑が登の口や目の中に入る。
登「ブアッ!」
登が一瞬怯んだ隙にのど輪でどんどん押し込んでゆく清二。
達夫「アッ!汚ねえ!」
三郎「反則だ!反則だべ!」
行司に抗議するが、行司は気が付かない。
登、前まわしを取りかろうじて俵に足が掛かり踏ん張る。
清二、登を押しきれないと見るや、のど輪を外し登の腕を取って思い切り引く。
前へつんのめるがかろうじて踏みとどまる登、目が開けられず清二を見失う。
徳俵のすぐ外に座っている達夫。
達夫「後ろ!後ろだず!」
清二、すかさず登の後ろへ周りそのまま押し出す。
目を押さえ悔しがる登。
登「くそっ!清二のヤロめ!うう・・目がいでえ」
とうずくまる。
達夫「あ~?」
行司、西方へ軍配を上げる。
行司「西!清二岳の勝ち~!」
思わず立ち上がり行司に詰め寄る達夫と三郎。
達夫「(行司に向かって)あのヤロ!反則しだべ!反則とれ!」
三郎「清二の反則負けだべよ!」
行司「おらには見えながったんだがらしょうが無いべ」
達夫の後ろで応援している春雄と一男が勝ち名乗りを受ける清二めがけて突進
する。
一男「もう!許せねえ!コラッ、清二ィ~!」
春雄「くそったれべ~!」
逃げる清二と豪太。茂は憮然と立ったまま追いかけようとする達夫の腕をとる。
達夫「何すんだよ!・・・あ~茂か・・・」
まわし姿の勇や仁志と他の連中が観客の後ろから走って来て一男と春雄を制止
する。
勇「待で、待で、待で、まだおらだちが残っでんだがら・・・ちっと、静がにしてろ」
不満顔でホホを膨らます一男、春雄、三郎。
〇山々(夜明け)
暗く沈んだ山々が朝日を受けて赤や緑が色鮮やかに蘇ってゆく。
〇温泉旅館の庭(まだ薄暗い朝)
庭の中央に檻が置かれている。
登を先頭に達夫、一男、春雄が、旅館と共同浴場を仕切る生垣から腰を屈ませ
忍び込んでくる。
熊の檻に近づき、恐る恐る中を覗く登。
あどけない瞳で空腹を訴える小熊。
力なく寝そべっている母熊が口を開けて威嚇する。
登、びっくりして、檻から離れる。
達夫「こいつか~?でっけえなあ!」
登「清二が怖気づくのも無理ねえな、こりゃあ」
春雄「茂の奴、ほんどにこいづを逃がそうっで思ってんのが?どう考えでも無理じゃねえ
が?」
玄関の方をキョロキョロと気にする達夫。
一男「おらは、なんで第二部落の手伝いしなぎゃなんねえのがわがんねえず!」
達夫「んでも、茂君があんなに思い詰めて相談に来たんだがら、助けないわげにゃいかな
いべ」
登「清二に俺だちの強さを思いっきり見せつけでやるんだ!」
達夫「そろそろ旅館のひとだち起きてくんじゃねえが?」
登「よし、帰るべ」
玄関を気にして後ろ向きで生垣に戻る4人。
〇数日前の温泉旅館の庭(昼)
清二、熊の檻の前で地面を蹴りながら茂の前を行ったり来たりしている。
横で不安そうに見つめる茂。
(回想)旅館の玄関
檻の向こうの玄関口で父親に訴えている茂。
茂「あんな小さな檻の中で見世物になって、飯も食わねえでどんどん痩せ細っでいっでん
のが父ちゃんにはわがんねえの?!山へ放すが、せめで動物園に引きどってもらったら
良ぐねえが?」
父親「おやじに向かってなんて言い草だ!このガキャ!・・・せっがぐ客寄せに大枚はだ
いで買ってきたものを、どっかにやるなんてトンデモネエ!」
と茂の頭を小突く。
〇温泉旅館の庭(昼)
清二、茂の前で止まって
清二「そんなごど無理にきまっでるべ。おら、手助けなんがしねえがらな、茂ちゃんも変
なごど考えねえで親の言うごど、ちゃんと聞いでろ」
檻の中では母熊が憔悴しきった目で顔を前足に乗せて寝そべっている。
小熊が母熊の顔を見て悲しそうに泣いている。
母熊の顔の横には?み後の無いサツマイモが転がっている。
茂「(熊を見て)オラ!もう見でらんねえよ!・・・(清二の顔に近づけて)もういい!
精ちゃんには頼まねえ!」
茂、清二の胸を突いて走ってゆく。
清二「ほんとに!バガな事考えるんじゃねえぞ~」
清二、走ってゆく茂に向かって叫ぶ。
〇山中
雨降る中、登、一男、達夫、春雄、さちの五人が楢の木の下にたどり着く。
〇森の隠れ家・外観
楢の木の上に床や片面屋根が、木の枝を組み合わせて作ってある。
ロープを掴んで木の枝を伝って登ってゆく登、一男、達夫、春雄、さち。
〇隠れ家
登、上ってきて頭と肩から雨を払い屋根の一番内側に座る。
ポケットから栗を出して床にばらまき
登「ほら、みんなも座れ」
登の左右に一男と達夫、真向かいに春雄とさちが座る。
登「よ~し、腹ごしらえしながら、作戦会議だ!」
一男、腰の袋からアケビを取り出し床に置く。
一男「(笑顔で)ほら!これも食え!」
さち「さち、アケビ食う!」
さち、アケビを取ると他の連中も一斉に手を伸ばす。
登「(不満げに)なんだ、クリは人気ねえな」
達夫「自分もアケビとったくせに」
登「い、いいじゃねえが」
登、ごまかすようにアケビの中身を口に入れる。
全員、笑顔で口をモグモグさせて、大量の種を外に吐き飛ばす。
全員「ブ~ッ、ブ~ッ」
登「いいが!(全員登の顔を見る)この作戦で一番面倒なのはみんなも見たように、あの
どでけえ熊っごをどうやっでリヤカーに乗せで運ぶがというごとだ」
〇旅館の玄関(真夜中)
満点の星空の下、玄関の中に入って行く人影。
〇旅館の受付
引き戸が開いて、茂が入って来る。
机をあさるが見つからず焦ってくる茂。
音がしたような気がして薄明りの灯る廊下の奥の方に目を凝らす。
再び、壁を見渡し窓の横に下がっているカギに気付き
茂「な~んだ・・・こんなとこにひっかけで、不用心だなあ」
カギを取りそっと戸を閉め、外に出る茂。
〇丘の上の松の木の下(昼)
清二、松ノ木に背中を押し付けられてみよこと民子に問い詰められている。
みよこ「茂ちゃんは清二君の親友じゃながったの?なんで茂ちゃんを助けてくれないの?」
民子「茂がどんな思いで第一部落の登なんかに助けをもどめたのか解んねえのが」
清二「そんなごと言ったって、あのどでかい熊を逃がすなんて、ぜ~ったいに無理なこと
をやろうとしてるんだもの!協力しようがないべ!」
民子「見殺しにするっでのが?!」
民子、清二の肩を激しく揺する。
清二「や、や、止めろっで!」
みよこ、清二の右手を握って訴える。
みよこ「みんなで協力すれば出来るず!」
清二「ほんとに、無理!無理!・・・わりいな」
やっとの思いで民子とみよこを突き放して逃げてゆく清二
がっくりと肩を下ろし、松の木に寄りかかる民子。
民子「あーあ、気の小せえ奴・・・」
みよこ「民ちゃんが手握った方がいがったべか?」
民子「なんで?」
みよこ「い、いや、なんどなぐそう思っただげ」
〇旅館の庭(真夜中)
庭の中央に置かれた熊の檻に玄関から近づいて来る茂。
ぐっすりと眠っている熊母子。
生垣から腰を低くして現れる登、後ろからリヤカーを引く一男、リヤカーの後
ろを達夫、春雄、さちが押してくる。
茂、少しニヤッとして登の目の前にカギを差し出す。
登と茂、静かにハイタッチ。
登「よーし」
一男、リヤカーを檻の扉の前に止める。
登、寝ている母熊の前で腰を落とし、ポケットから手書きで(かのこ草)と書
かれた小瓶とスポイトを取り出す。
登「親父が寝るときに時々飲むんだ。飲むとすぐに眠ってしまう魔法の水なんだ」
さち「そんなもの飲ませで死なないの?」
身震いするさち。
登「心配すんな、眠り薬だって言っでんべ?」
と小瓶の蓋を外し、中の水をスポイトで吸って檻の外から手を指し入れる。
達夫、登の後ろから檻の中を覗き込む。
達夫「薬なんか使わなくても、衰弱して立ち上がれそうもないみでえだけど」
登「念には念をいれろってごとだべ」
登、恐る恐る母熊の頭を撫でて反応をみる。
母熊、ビクンとするがすぐ床に力なく顔を横たえる。
登、スポイトを母熊の口に差し込み、薬を注入する。
全員が息を飲んで見守っている。
登「ふう~」
スポイトを引き抜くと、直ぐに寝息を立て始める母熊。
達夫「効いてきたのが?」
登「ああ~、後は小熊だな」
と母熊のお腹に顔をつけて寝ている小熊に顔を向ける。
達夫、檻の中に手を伸ばして
達夫「手が届かねえぞ、どうする?」
不安な顔で登を見る。
登「うっかりしてだな」
一男「(責めるように)どうするんだよ」
春雄「そんな言い方しなぐても・・・」
登「・・・ちょっと待っでろ」
と捜し物をするようにキョロキョロ辺りを見る。
さち、春雄の服を握り締め登の顔を見つめる。
登、リヤカーに近づき、積んである竹の棒を掴み、小瓶を竹の棒にひもで結わ
え付ける。
登「これでよしと」
登、竹に結んだ小瓶をそろそろと檻の中に入れる。
他の連中が驚きと安心の声を静かに上げる。
みんな「ほう~」
思わず拍手をするさち。
春雄「シィーッ!」
小瓶が傾き、小熊の口に水が垂れて行く。
突然、起き上がる小熊。
思わず全員が地面に伏せる。
小熊、キョロキョロしながら水を舐めているうちに目がトロンとしてきて、ゆ
っくりと倒れる。
登「やったぞ・・・茂ちゃん」
茂の肩を叩き起き上がる。
茂「うん」
茂が立ち上がるのと同時に他の連中も檻にしがみつく。
茂、熊の檻の錠前にカギを差し込む、が中々開かない。
心配そうに見守る登、達夫、一男、春雄。
さちは周りを見渡す。
池の鯉が立てる水音にもビクつく達夫。
達夫「ヒィッ!」
さち「シーッ」
達夫の袖を引っ張って睨むさち。
情けなく笑う達夫。
茂、やっと錠前を外し、音を出さない様に扉を持ち上げながらゆっくりと開け
檻の中に入る。
登「(達夫と春雄に)いぐぞ」
達夫と春雄が檻の中に入る。
登、さちが入ろうとするのを止める。
登「さちは外で待ってろ」
さち「おらも手伝う!」
一男、さちの肩を叩き
一男「さちはおれの手伝いだ」
とリヤカーの前の方へゆく。
檻の中に入る登。
一男、リヤカーの荷台の方を檻の扉の前に着け、荷台の板を檻の中の登に渡す。
登「(達夫と春雄に)ちょっと持ち上げで」
母熊の左右に座っている達夫と春雄、必死の形相で母熊の頭部を持ち上げる。
登が母熊と床の間に板を差し込む。
登「ん~!」
板を入れようとするが、ほとんど隙間が出来ていないので入っていかない。
登「もっと上げろ」
達夫「(春雄に)いぐぞ!いちにのさん!ん~!」
春雄「んんっ・・・はあ~、無理だ~」
登「あきらめるな」
茂「オラも持づがら」
達夫の横に移動する茂。
一男「オラもいぐ」
一男も檻の中に乗り込む。
一男「よし、も一回いぐぞ!いちにのさん!」
母熊が4人に持ち上げられ、床との間に隙間ができる。
一男「今だ!のぼる~!」
登、板を素早く熊の体の下に滑り込ませた瞬間、四人の持った手が力尽きズシ
ンと床に落ちる母熊。
尻もちを着く四人。
四人「はああ~」
さち、パッと旅館の方を見るが灯りは消えたまま。
登「(後ろを振り向いて)さち、リヤカーから竹の棒を持ってきて」
さち「うん!」
さち、リヤカーに走り、荷台から細い竹の棒を束ねて取って、登に差し出す。
登「おらが板を持ち上げるがら、その下にその竹を入れるんだ。コロにするんだがら、分
がっでるな」
さち「分がった」
床と板の隙間に竹の棒を二本並べる。
登「それで良い、危ないがら後ろへ下がっでろ」
板を下ろす。
数歩後ろに下がるさち。
登「(檻の仲へ向かって)押しでくれ、ゆっくりだぞ・・さち、竹をくれ」
登の後ろ手に棒を渡すさち。
登、進んでくる板の先頭に竹の棒をかませてゆく。
板の先端が檻の外へ突き出しコロの竹の棒が地面に転がり落ちる。
登「ストップ!ストップ!」
慌てて母熊の体を引っ張って止める四人。
登「いよいよここからが最大の難関だず。達夫と一男はリヤカーを頼む」
達夫、一男、檻から出てリヤカーのハンドルを掴み、檻の入り口に荷台を押し
付ける。
さち、檻の床よりリヤカーの荷台の床が低いのに気が付く。
さち「ねえ、ねえ、リヤカーの床が随分と低い気がするけど?」
登「ん?・・・う~ん、一男、ハンドル低くして後ろを高くしで?」
一男と達夫、ハンドルをぐいっと下げて手と膝で抑え込むと荷台の端が持ち上
がり、檻の床とリヤカーの荷台の段差が縮まる。
登「(段差を見て)ま、こんなもんで良いべ(春雄と茂に向かって)押してくれ」
春雄と茂が母熊の体を押す。
檻の外に出てくる板に乗った母熊の体がリヤカーの荷台とはだいぶ高さが離れ
ている。
達夫「なんか、あぶなっかしいな・・・」
登、母熊の頭を押さえながら板の先端と春雄たちを交互に見て支持を出す。
登「春雄~、斜めになるから後ろ、しっかり押さえでろよ」
春雄「おう!〉
茂「ん~!」
次第に檻の外に張り出してくる母熊の体が半分外に出た瞬間、ガクンと前に傾
き、リヤカーの荷台に落下、荷台の端が地面に落ち、反動でハンドルを握って
いた達夫と一男が宙に舞い上がり一回転して地面に激突。
檻の中では春雄と茂は後ろへ跳ね飛ばされ、鉄棒に激突し失神する。
リヤカーも横倒しになり、母熊は地面に横倒しとなる。
母熊のお腹の下からはい出てくる登。
登へ駆け寄るさち、泣きじゃくる。
さち「みんな死んじゃった!」
登、起き上がる。
登「さち!大丈夫だったが?」
さちを抱きあげる登。
檻の中から、フラフラして出てくる春雄と茂。
上半身起こして、うめいている達夫と一男。
登「(ホッとして)みんな生きてるが?」
その時、旅館の灯りがついてざわめく声が聞こえてくる。
登「やべえ!」
達夫「ここまでか・・・・」
茂「もう、だめだ・・・」
がっくりと肩を下ろす登と達夫。地面に倒れ込む茂。
突然、生垣の向こう側からバケツを叩く音と怒鳴り声がして、共同浴場の一角
から火の手が上がる。
清二・豪太・強(off)「(ランダムに)火事だ~!火事だ~!・・共同風呂が燃えてるぞ
~!」
旅館と共同浴場との渡り廊下を走る旅館の従業員。
従業員の声(off)「大変だ~!燃えでんぞ!・・・どこだ!どこだ!・・等々」
〇共同浴場の裏手
ごうごうと炎を上げる四斗缶を六個積んだリヤカーのハンドルを握っている豪太と強。
リヤカーの前で腕を振り回す清二。
清二「燃えろ!燃えろ!」
脇で民子とみよこが頬を両手で包み見つめている。
清二「このまま、盛大に火を燃やしたまま、河原まで突っ走れ!」
豪太「おう!〈強に)いぐぞ!」
強「いぐべ!」
豪太、リヤカーのハンドルを押し出し、強が後ろから押して走り出す。
清二「(民子とみよこに振り返り)よし!登たずの手伝いにいぐず!」
民子「(みよこに)いぐべ!」
みよこ「うん!」
清二が走り、追いかける民子とみよこ。
旅館の従業員たちが右往左往しながら共同浴場へ走っている。
〇旅館の庭
呆然として炎の方を見つめている登とさち。
さち「す、すごい、燃えでる!」
達夫「何処が燃えてるんだ?」
立ち上がり炎を見る達夫、茂、一男、春雄。
登「(ハッとして)どこでも良い!今のうちだ!熊をリヤカーに積むぞ!」
茂と春雄も我に返り母熊に駆け寄る。
一男と達夫は横倒しのリヤカーを直し、母熊の前に引いて来る。
登、茂、春雄が母熊をずるずると地面に付けたリヤカーの荷台に引っ張り上げ
ている。
清二が走り込んで来て、荷台に乗って母熊の肩を引っ張っている登の隣に飛び
乗る。
登「(びっくりして)な、なんだおめえ!邪魔しにきたのか?!」
登、思わず母熊を掴んでいる手を放して身構える。
ハンドルを持ち上げてる一男と達夫も清二を睨みつける。
清二「邪魔しにこんなどごへ来る奴いねえべよ」
登「じゃ、何しに来た!」
清二「どうも、こうも無いべ!豪太たちが連中を引ぎつけでる間にさっさど運んじまうん
だよ!」
登「お前に言われるまでもねえよ」
きょとんとしている茂と春雄。
民子とみよこが到着して母熊の後ろ足を掴む。
民子「(茂と春雄に)ほらあ~!グズグズしてる暇ねえべ!」
茂・春雄「あ、ああ~」
焦って、母熊を持ち上げる茂と春雄。
茂・春雄「ん~・・・」
登「よ、よし!」
清二を横目で見て、母熊の肩を掴み
登「一二の三!」
清二と同時に母熊の肩を引っ張る登。
〇川の土手
坂を上がって来る豪太の引くリヤカーリヤカーの後ろで膝まづいてゼイゼイす
る強と倒れ込む豪太。
遠くで追いかけてくる人々の怒声が近づいて来る。
後ろを振り返る豪太、立ち上がり強に歩み寄り肩を叩く。
豪太「もうひと踏ん張りだ!最後の仕上げと行ぐぜ」
豪太と勉、一緒にリヤカーを土手の下へと押し出す。
豪太「お役目、ごぐろうだったなす」
残り火を吹き上げて土手を下ってゆくリヤカー。
豪太、強の肩を叩いて合図する。
豪太「いぐぞ!」
強「おう!」
川上へ逃げる豪太と強。
リヤカーが水の中に沈んで行き 水の中の残り火が消えてゆく。
〇畑道
真っ暗な道を山へ向かって母熊と小熊を乗せたリヤカーが走って行く。
息を切らして走る登や清二たちの掛け声が聞こえる。
〇山の中腹(夜明け)
草を分け入り上って行く母熊と小熊を乗せたリヤカー。
ハンドルの中に入ってリヤカーを黙々と押している一男と達夫。
左右からハンドルを引っ張っている登と春雄も黙々と歩いている。
荷台の横でリヤカーを押している民子とみよこ。
民子「(後ろのみよこに振り向き)うまぐいったね」
みよこ「うん、茂ちゃんの助けが出来てよがった~と幸せな顔になる)」
荷台の後ろからリヤカーを押している茂と清二。
さち、荷台の後ろに座って鼻歌を歌っている。
茂「精ちゃん!ありがどな」
清二「んだごで、民子におごられだら言う事聞ぐしかしょうがねえべよ」
茂「・・・おめえ、ほんとは民子のごど好きなんじゃねえのが?(ニヤリとして)ん?」
清二「(焦って)ば、ばがこげ!あんまり人をからがうとぶん殴るぞ!」
さち「んでもな~、清二の片思いになっべなあ」
清二「ガキは!黙ってろ!」
さち、首をすくめる。
〇山林の台地
山の麓の村を見下ろせる山林の隙間にできた台地に母熊と小熊を乗せたリヤカ
ーが上って来る。
さちもみんなに交じって民子とみよこの反対側の荷台の横でリヤカーを押して
いる。
登、荷台の後ろで母熊を見つめている。
茂の横に並び母熊を覗く。
登「もうそろそろ目を覚ます頃だ。」
茂「ほんとにありがとな」
登「オラ、今ヒーローの気分なんだ!礼なんかいいず」
達夫と一男、リヤカーの引く手を止め、立ち止まる。
一男、大きく息を吐いてリヤカーのハンドルに腰掛ける。
達夫「ふー(額の汗を拭き振り返る)ここらで良いがな?」
登「ああ、ここでいいんじゃねえが」
と荷台に目を移すと、小熊が目を覚ましフラフラと立ち上がる。
登「目を覚ましたぞ!」
全員、荷台を覗き見する。
小熊が母熊の乳首をくわえるが異変を感じ、乳首から口を離す。
再び乳首をくわえ何度も吸うが、悲しそうな声をだす。
さち「どうした?こぐまちゃん?」
民子「(登に)母親の様子がおかしくないが?」
小熊、小さく声を上げ母熊の顔の方に歩き、鼻を擦りつける。
茂、恐る恐る母熊の背中を指でつつく。
清二「お、おい!茂!あぶねえず!」
思わず後ろへさがる清二。
つられて、みよこと春雄も後ろへさがる。
小熊、空に向かって小さく叫び、また母熊の顔に鼻を擦りつける。
茂、今度は手の平で背中を押し付け頭をかしげる。
登「どうした?」
茂「体、冷だぐなっでる」
登「ん?・・・死んでるってごどが?」
全員「エエッ?!」
ハンドルに座っている一男が立ち上がる。
すると、ハンドルが持ち上がり、荷台の後ろが下がる。
母熊がズルッと荷台の後ろにすべり、小熊が荷台の外に転がり落ち、木の枝に
頭を打ち付け尚も転がってゆく。
一男「し、しまっだ!」
顔から血の気が引き、硬直する一男。
達夫「(一男を向き)か、一男?!」
民子、みよこ、さち、手で顔を覆う。
春雄「うわあ!」
春雄、さちの肩を掴んで叫ぶ。
清二、荷台にしがみつく。
清二「ああっ!やっちゃっだあ・・・」
登「やばいっ!」
茂「小熊が!」
茂、小熊へ駆け寄ろうとすると、後ずさりする小熊の額に血が広がる。
茂「ごめんな、痛かったが?」
登「大丈夫だがら・・・おいで」
やさしく話しかける登を威嚇し母熊を見つめる小熊。
動かぬ母熊をあきらめて森の中へ走り去る小熊。
登と茂、、生い茂った草の中に消えて行く小熊を追いかけるが、追うのをあき
らめ木々の奥を見つめる。
登「あ~あ、行ってしまっだ」
茂「・・・一人で生ぎでいげるか心配だなあ」
達夫、一男、清二、民子、みよこ、さち、二人の後ろにやってくる。
達夫「大丈夫だべがな~?」
登「(森の中を見つめ)すぐ山の環境になじむべ、元々が野生の熊なんだがら!」
達夫「だど、いいがなあ」
民子「でも・・・一人ぼっちなってしまって、かわいそすぎるず・・・」
茂「ほんとにこれで良かったんだべかな・・・・」
清二「おれの言うごど聞かねで、いまさら後悔しでも遅いんだず!」
登「何言ってんだ。清二!」
清二の襟を掴み首を絞める登。
清二「く、苦しい!・・」
達夫、茂、慌てて登の腕しがみ付き
達夫「の、登ちゃん!や、止めなよ」
茂「登くん!」
茂、登を清二から引き離す。
清二「(息を切らしながら)ハア、ハア、・・・何の真似だ!登!」
睨み合う登と清二。
民子とみよこ、二人の間に入る。
下を向いてふて腐れている清二と登。
民子、清二の両腕を掴み
民子「精ちゃん!ここまで来て喧嘩するごどないべ」
みよこ、登の右手を両手で掴み
みよこ「登ちゃん、落ち着いて!な?」
登「分かった、分かったがら・・・・(茂に降り向き)茂ちゃんは、何も悔やむごどねえ
ぞ!」
茂「(顔を上げ登を見つめる)・・・」
登「小熊もこれからは自分の思い通りに生きればいいんだ」
清二「あんなちっちえのが親なしで生きられる訳ねえべ!旅館にいだらもっと生きてられ
たのによ」
登「おめえは何も知らねえで!小熊の母ちゃんは檻の中で絶食して人間に抵抗してたんだ
よ、・・惨めに死ぬより自由の身になって死んだんだがら満足だべよ」
清二「・・・・オ、オラだって、なんとか助けでえと思ってたんだべ」
登「わがっでるって」
登、清二の肩に左手を置く。
茂「あど、オラだちにできることは小熊の為に一生懸命に神様にお祈りするごどだけだな」
一同、茂を見つめる。
達夫「お~い!たくましぐ生きてけよ~!」
達夫、森の中へ向かって叫ぶ。
〇山林
小熊を探して木々の間の岩場を覗き込み、又移動して別の穴を捜し歩く達夫。
〇山と山の間の窪地
森の中から出てくる達夫。
熊の親子がゆっくりと窪地を横切って歩いている。
小熊が突然振り向き立ち止まり吠える。
後をついて来る小熊が足を止める。
吠えるのを止め、母熊を追いかける小熊。
後ろの小熊も走りだし、熊親子に近づく。
振り向き立ち止まりまた吠える小熊。
立ち止まる後ろの小熊。
見つめる達夫。
親子熊を追いかける後ろの小熊。
また振り向き吠える小熊。
立ち止まり、又追いかける後ろの小熊。
親子の小熊のすぐ後ろまで近づく後ろの小熊。
親子の小熊、ビックリしたように飛び上がり後ろを見るが吠えずに親の後を追
う。
親子の小熊の後ろにぴったりついてゆく後ろの小熊。
望遠鏡を覗く達夫。
達夫「あの頭の傷、間違いないあの小熊だ」
達夫、望遠鏡を下ろし、母熊と走って追いかける2頭の小熊を見つめる。
達夫「(あきれ顔で)図々しいというか恐れを知らないというか、・・・でも、これで生
き延びられそうだな」
ホッとした達夫の頭上からキラキラと雪の様な光が舞い落ちて来て、達夫の顔
が航の顔に変化してゆく。
〇航の家・祖父の部屋
航、興奮して入って来て、ぼうっと椅子に座って外を眺めている祖父の耳元に
話しかける。
航「じいちゃん・・・小熊は、たくましく生きてたよ」
航の声が聞こえているのか 、聞こえていないのか無表情の祖父。
航「 聞こえてる?・・・ま、いいか」
航、祖父の肩をポンポンと叩いて部屋を出てゆく。
残された祖父の目にうっすらと涙がにじんでいる が表情は笑顔になっている。
完