あたらし物語

―勝手に オリジナル映画 脚本 ―



オリジナル脚本コーナーにようこそ
どうぞひと味変った”あたらし物語”をお楽しみ下さい

遥か昔、ヴァンパイアの女に恋をした人間の若者の一族が惨殺された。 平城京に逃げたヴァンパイア生き残りの女キリツボをヴァンパイアとして蘇えった 若者の一族の長女カエンが追う。 王と王妃の対立に陰謀渦巻く都で、王の子供ヒカルを生み王妃に追放されたキリツボ。十数年後、 互いに見知らぬままカエンと交わりヴァンパイアの血に目覚め苦悩するヒカル。王の死後 王妃に乗っ取られた都を取り戻すべく、ヴァンパイアとして王妃との戦いに挑むヒカル。そして ヒカルとカエンの宿命の対決


王城のヴァンパイア


登場人物

    ヒカル・・・15才
     アオイ・・・18才
     カエン・・・22才
     キリツボ・・38才
     王   ・・50才
     フジツボ・・33才
     ヒガシ・・・22才
     王妃 ・・・45才
     魔地麻呂・・17才
    左大臣
    右大臣
    衛士隊長
    舎人(フジツボの父)
    老婆
    マルベリー
    その妻
    ポーター
    アンプロップ
    女官ABCD
    左講師
    右講師
    司会者
    女房たち
    アオイの侍女
    王の侍女
    王の女官
    下級役人
    その娘
    門番AB
    罪人AB
    牢の警備士
    羅生門の門番
    衛士123
    偽ヒカル
    処刑人の男AB
    衛士隊員

 

〇森の中(東欧の風景)
     わずかに月明かりがこぼれる夜道。
     棺を積んだ御者のいない荷馬車が疾走する。

〇山の麓
     山に向かって走る荷馬車。

〇森の中
       美少女(カエン)の乗った馬が追いかける。

〇山道
     細い山道を登って行く馬車。
     道の片側は切り立った崖。
     カーブを曲がるたびに道から車輪が飛び出しそうになり、道が崩れる。
     馬を駆って登ってくるカエンの崖上から土砂が落ちてくる。
     棺がガタガタ揺れ、急激なカーブを遠心力で道から飛ばされそうになりながら
     疾走する荷馬車。
     カーブを曲がり切ると道が途切れているが、馬は何事も無かったかの様に突っ
     走りそのまま空中に飛び出してゆく。
     カエンの乗った馬は後わずかなところで追いつけず、崖から突き出た岩に立ち
     往生する。
     牙をむき出して悔しがるカエン。
     驚いたように馬がいななき、雨雲が渦を巻き始め天駆ける荷馬車はその渦の中
     心に吸い込まれて行く。

〇平城京・王宮の庭
     長方形の真ん中を縄で区切ったコートで、数名の女官を入れてヒカル側とヒガ
     シ側が左右に別れて鞠を蹴り合っている。
     ヒガシの蹴った鞠が大きく子を描いて飛んできてヒカルのコートの端に高さ2
     メートル程に張られた縄を飛び越えようとしている。
ヒカル側女官A「きゃ~!」
     ヒカル、大きくジャンプしてヘディングして自分のコート内中央に軽く打ち上
     げる。
ヒカル側女官A「(うっとり)すご~い」
ヒカル「(怒鳴る)早く!蹴って!」
     慌てて女官Bが鞠をけってヒカルに上げる。
     ヒカル、空中で鞠をダイレクトに蹴る。
ヒカル側女官B「やったー!」
     ヒガシの頭上高く飛んで行く鞠。
ヒガシ「あ~!」
     ヒガシ側のコートの端の縄の上を超えて行く鞠。
     ヒカル側の女官A,Bもヒガシ側の女官C,Dも手を叩いて歓声を上げる。
ヒガシ「(ヒガシ側の女官に)おいおい、負けたのに喜ぶ奴がいるか?」
     アオイ、屋敷の外廊下の下まで転がって来た鞠を眼で追いかける。
     女官に囲まれているヒカル、背伸びしてアオイに手を振る。
ヒカル「アオイの君!僕の飛び方、すごくなかったですか~」
     女官が一斉にアオイを見る。
     アオイ、ツンとしてそそくさと立去る。
     女官たち、ヒカルに向き直りブーイング。
女官A「ヒカル様は私たちより年増のお姉さんがお気に入りなんですね!」
ヒカル「あっ? いや、その・・・」
ヒガシ「(ニヤノヤして)あれはヒカルのこれなのさ」
     と小指を立てる。
ヒカル「(女官たちへ)ち、違う!まだ違う!」
     女官たち、がっかり
女官C「がっかりね!ヒカル様の趣味って?一体」
     冷たくヒカルから離れてゆく。
     ヒカル、ヒガシを睨みつける。
     右大臣がヒカルとヒガシに向かって来る。
     ヒガシ、見せびらかす様にヒカルの肩に手をかけ
ヒガシ「よう、右大臣殿、これからお仕事ですかな」
右大臣「これは、これは、ヒカル様にヒガシ殿。今日は良い蹴鞠日和で・・」
     作り笑いで挨拶を交わし通り過ぎ、独り言を呟く。
右大臣「左大臣のバカ息子め、ヒカルに取り入ってる様だが、落ち目の王のそれも下賤な
   妾の子のどこが気に行ったのか」

〇学問所・歌会場(夕方)
     会場の前の庭のそこここに大きな松明が赤々と燃え、夕日の色と混ざり合って
     建物や庭の木々を彩っている。
     浜洲の飾り物を置いた机に座った左右の講師が立ち上がり歌を詠みあげる。
左講師「あらたまのとしをつむらむあおやぎのいとはいずれの春かたゆべき・・」
     判定員の右大臣が目をつむり聞いている。
     右大臣席の正面の玉座でじっと聞き入る王妃。
右講師「さおひめのいとそめかくるあおやぎをふきなみだりそ春の山風・・」
     右講師の歌が終わり、右大臣、ゆっくり目を開け隣の中納言に何やら話しかけ、
     立ち上がる。
右大臣「(王妃へ向き直り)ただいまの勝負、右の勝ち(大げさに反応を探り)と致しま
   す」
     満面の笑みをたたえうなずく王妃。
     王妃の右側に青緑を基調とした衣装で陣取っている若い女房たちが、手を叩い
     たり扇などを振って歓声を上げる。
女房たち「すてき!」「平さまあ!」
     講師の横に控えている平の何某が満足げに肯き立ち上がり皇后に礼をして後ろ
     に下がる。
     左側に座っている赤を基調とした衣装の女房たちは、肩を落として落胆する。
左女房たち「はあ~」
     玉座から遠く離れた正面の席で平貴族たちに混ざり見学しているヒガシ。
     我慢できんという面持ちで立ち上がり大股で席を離れてゆく。
     後ろから次の対戦を告げる司会者の声が聞こえてくる。
司会者off「次は桜のお題、左方の歌に対し右方の歌、・・・・」
     右大臣が王妃に囁く。
右大臣「此度の歌会には当代一流の歌人たちが集まり史上まれに見る盛大な会になりまし
   たな。これも王妃様のご威光のたまもの。もはやこの国の統治者は王妃様以外にお
   りませぬ」
王妃「いいや、まだ、邪魔者が一人いる」
右大臣「どこにそんな者がいます?」
王妃「フジツボが養母として育てているヒカルじゃ」
右大臣「フホホ、王妃様も心配性なこと、ヒカルなど女子供と蹴鞠をして得意がっている
   だけの甘ったれガキ」
王妃「もう一つ、ヒカルの母親がいまだに生きていて都を彷徨い歩いているという話もあ
  る」
右大臣「本当なら身震いする話ですが、私は聞いたことはありません」
王妃「それなら良いが?・・・」
右大臣「ヒカルなど王が死んだらフジツボと一緒に放り出してしまえば済むこと。ついで
   に何かと目障りな左大臣も追い出してくださいませ」

〇王宮・王の寝所
     布団に起き上がった王にヒカルが問い詰めている。
ヒカル「父上!母上は生きているのか、亡くなっているのか、なぜ教えてはくれないので
   す?」
王「お前の母親は・・・遠い世界からやって来て・・また、遠い世界へ行ってしまった・」
ヒカル「その遠い場所とは?」
王「今は・・・まだ言えぬ」」
     と横になり眼を閉じる。
     不満一杯のヒカル、憮然として王を睨む。

〇左大臣の屋敷・座敷
     憮然として座っているヒガシの周りをこぶしを振り上げ歩き回る左大臣。
左大臣「右大臣の奴め!王様の体調がすぐれない事を良いことに、王妃とつるんで勝手放
   題だ・・・お前も、お前だ!わしが外された歌会にのこのこ出掛けおって、わしの
   面目丸つぶれではないか!」
ヒガシ「お父上、ヒカルが我が妹のアオイに何故かぞっこんです。早いとこ二人をくっつ
   けてしまいましょう。王きみが生きている間に事を運ばなければわれらの破滅です」
左大臣「又お前は・・ヒカル様と呼べ、ヒカル様と」
ヒガシ「王の跡目を継ぐまではただの甘ったれガキだ。アオイとヒカルがくっついて王の
   後継者に指名されれば、王妃と右大臣を追い落とす事が出来る」
左大臣「しかし、アオイはヒカル様をどう思っているのだ?」
ヒガシ「お父上はアオイに甘すぎます。一言アオイに命ずれば済むこと。王の体が弱って
   いる。急がねば」

〇左大臣の屋敷・アオイの部屋
     青白い月が差し込むアオイの部屋に勇んで入ってくるヒカル。
     写経をしているアオイは目もくれない。
ヒカル「アオイの君、それほどに私という男が嫌いですか」
アオイ「あなたはまだ子供!」
ヒカル「いくら私が年下だからって、その見下した態度は失礼ではないですか!」
アオイ「あなた様にはあなた様に似合いの若いはつらつとした子たちがいるではないです
   か」
ヒカル「そなたは分かっておらぬ!私が好きなのはアオイ様なのだ!」
     と叫び、後ろからにじり寄りアオイの肩を掴む。
アオイ「あなた様は私をお母さまの代わりに見ているだけでしょう。それに私は父上と兄
   上が王に取り入る為に差し出された人見御供。わたしはあやつり人形ではない!」
ヒカル「母上の替わりならフジツボがいる。お父上の考えがどうであろうと私には関係な
   い事。少しでいい私の事を見て欲しいのです」
     アオイ、振り向きヒカルを凝視して、肩を掴んだヒカルの手を静かに降ろす。
アオイ「(外に目をやり)夜が空けてきたわ、どうか今夜はお帰り下さい」
     ヒカル、ハッとして顔を上げ外を見て、立ち上がり名残惜しそうに部屋を出て
     行く。
     アオイ、ため息をつき見送る。

  

〇舎人の屋敷・裏庭
     フジツボ、白布を干している。
     ヒカル、白布をかき分けフジツボを発見すると泣きながら駆け寄り、手を握る。
ヒカル「フジツボ~、左大臣様の御公認も得たのにアオイ様はあまりにすげない態度、2
   晩も通い詰めたのに益々冷たい態度になってくるのだよ」
     フジツボ、手を握り直し
フジツボ「ヒカル様、まだ2晩ですよ。焦らないで・・・きっと誠意が通じますよ」

〇王宮の庭
     ヒカルとヒガシが蹴鞠の練習をしているところへフジツボが入ってきて3人で
     蹴りあう。
     ヒカルがフジツボに蹴ると鞠が大きくそれる。
     フジツボ、横にそれた鞠を蹴ろうとして転んしまう。
     慌てて駆け寄り抱き上げて起こす。
ヒカル「大丈夫か?フジツボが蹴りやすいところへ蹴らなかった私が悪かった」
     その様子を廊下の前で見ているアオイのところへ鞠が転がって行く。
ヒガシ「オッ!?アオイ!その鞠を・・」
     フジツボを抱いたままヒカル明るく叫ぶ。
ヒカル「アオイ様!」
     アオイ、むっとして踵を返し逃げだそうとするが、着物に鞠がまとわりつく。
アオイ「もう!」
     怒って鞠を蹴る。
     鞠がヒカルへ向かって飛んで行く。
     ヒカル慌てて立ち上がり避けようとするも腹に食い込む鞠。
ヒカル「おおお?!」
     ふらつくヒカル。
     手を叩いて喜ぶフジツボ。
フジツボ「お上手う!アオイ様!」
     ヒガシ、苦笑い。
     アオイ、勝ち誇った顔で立去る。

〇王宮・王の屋敷・寝所
     戸がゆっくりと開き、息子の魔地麻呂を引きずる様にして王妃が入ってくる。
     気が付いた王が苦痛を押えて起き上がり布団の上に座り直す。
     うやうやしくお辞儀をして座る王妃と魔地麻呂。
王妃「あら、思ったよりお元気そうね」
王「元気でがっかりしたか?」
王妃「これが立派に成長した王の正真正銘の子、魔地麻呂よ」
     魔地麻呂、尊大な様子でお辞儀をする。
魔地麻呂「父君様にお目にかかるのは今日でやっと2度目」
     フジツボが入ってくる。
王「王妃よ、わしが寝込んでる間に王様気取りだそうだが、わしの目の黒いうちは好き勝
 手は許さん」
王妃「そんな言葉を吐けるのもいつまでかしらね(魔地麻呂に)行くよ、ぐずぐずするん
  じゃないの!」
     王妃、魔地麻呂の腰を引っ叩いてフツボを威嚇するよう睨み部屋を出てゆく。

   

〇(王妃の回想)王宮・朱雀門
     王妃と息子、通路の端に立ち、正面の建物を見据えている。
     衛兵が両脇から睨んでいる。
     やがて建物から王が出てくる。
     思わず歩き出そうとする王妃を衛兵が棒で押さえつける。
     王妃、悔しさをにじませ、後ろに数歩下がってうずくまる。
     3才の息子が、びっくりして駆け寄る。
     王、会談を上ってきて王妃のところへ行く。
     王妃はうずくまったまま
王「キリツボはお前に殺されたようなものだ!」
王妃「それは誤解です!」
王「それでもわしに取り入ろうとするお前のその厚かましさと執念が恐ろしい・・・」
     王妃、王に顔を向け
王妃「王の正当な後継者の我が息子にどうしても声をかけてやってもらいませぬか」
王「お、お前という奴は!・・どこまでも・・もういい!二度とわしの前に現れるな!そ
 の時はお前もお前の子も命は無い物と思え!」
     王妃、立ち上がり負けじと王をにらみつけ、息子の手を引いて走り去る。

 

〇祈祷所
     激しく燃えさかる護摩の炎に向かって呪いの言葉を発している祈祷師。
     その後ろで王妃が鬼のような形相で手を広げ叫んでいる。
王妃「燃えろ!燃えろ!呪いの炎で王の体を焼け焦がせ!」

〇老婆の小屋
     王妃、入ってくるなり老婆を怒鳴りつける。
王妃「お前の作った薬草はまったくきかないではないか!」
     老婆、葉っぱをすりつぶす作業をしたまま
老婆「王妃さまとあろうお方が、騒々しい事で薬草というものは、静かに、静かに効いて
  ゆくものでしてな」
王妃「もう猶予はない!もっと強力な毒薬を作れ!」

 

〇朱雀大路
     ヒガシ、朱雀門に向かって歩いている。
     後ろから小走りで追いつく魔地麻呂。
魔地麻呂「おい、何をそんなに急いでるんだ?」
     ヒガシ、無視して歩き続ける。
魔地麻呂「何かまずい事でもおきたんじゃないのか?」
ヒガシ「俺は急いじゃいない。お前が勝手に急いでいる、だけだろ」
     魔地麻呂、ヒガシの前に出て後ろ向きになって歩く。
魔地麻呂「はは~ん、お前の妹のアオイとヒカルの仲が上手くいってないことが気掛かり
    なんだな?でも妹はヒカルより、お兄さんの方を愛してるので離れたくないって、
    な!ハハハ」
ヒガシ「フン、ばからしい、お前さんの頭は愚にも付かない話で一杯で足元さえも見えな
   いらしいな」
魔地麻呂「なんだと!うっ!?」
     魔地麻呂、牛の糞を踏んでいる足を恐る恐る見降ろす。
魔地麻呂「うわあっ!」
     焦って片足で飛び跳ねる。
ヒガシ「ふん、自分の事だけ心配してろ」
魔地麻呂「このままじゃお前ら親子のたくらみも叶わぬ望みってことさ」
     魔地麻呂、靴の糞を落としながら去って行く。
魔地麻呂「このクソ!」

〇左大臣の屋敷・玄関前(早朝)
     ヒガシの乗った牛車が帰ってくる。
     打ちひしがれて屋敷を出てくるヒカルとすれ違う。
     ヒガシ、ヒカルに気づき呼び止め牛車から降りて逃げるヒカルを捕まえる。
ヒガシ「ついにアオイを陥落させたか!」
ヒカル「(俯いたまま)・・・・」
ヒガシ「どうやらまだ(と覗き込み)の様だな妹の頑固さにも困ったものだ」
ヒカル「いえ、アオイ様には・・・」
ヒガシ「ヒカル殿、男というもの、欲しい者は襲ってでも手に入れなければ、ならない時
   がありますぞ」
ヒカル「アオイ様を襲うなどという事は・・」
     ヒガシ、ヒカルの両腕を乱暴に掴んで
ヒガシ「そんな気弱な事を言っててはアオイの心を掴むことなど出来ませんぞ!」
     と叱咤して屋敷へ帰ってゆく。
     ヒカル、情けなく見送る。

〇河原への道(夕方)
     ヒガシ、怖気ついているヒカルを引っ張って草地を歩いてゆく。
ヒカル「やっぱり、止めようよ。下賤な女の汚れた体と合わせたらアオイ様と接する事が
   出来なくなってしまう」
ヒガシ「お前は!いや、ヒカル殿はまだ女というものが分かってないのだ。女はみんな同
   じものよ。大事なところをきれいな布でまとっているか、ボロ布でかくしているか
   だけの違いさ」
ヒカル「ヒガシ殿は不浄な女をいっぱい知っているんだな」
ヒガシ「そうゆう女がおまえ、いや、ヒカル殿に女の扱い方と自信を付けてくれるのさ」

  

〇河原(夜)
     ヒガシとヒカル、林から出てきて、深い草を分け入ると、河原に立っている片
     屋根の前面を枯草で囲っただけの小屋が見えてくる。
     ヒガシ、一人で小屋に行きむしろを開け中を覗き、何事か話しした後ヒカルの
     元に戻ってくる。
ヒガシ「よし、行くんだ」
ヒカル「一緒に行ってくれないの?」
ヒガシ「何を馬鹿なことを言ってるんだ。女が全てやってくれるから、安心して任せてれ
   ばいい」
     ヒガシに背中を叩かれて、渋々歩き出すヒカル。

〇小屋の中
     覆いの枯草が開くと、ヒカルが目を見開き呆然と突っ立っている。
     月の明かりがヒカルの横顔を照らす。
カエン「ほう、いい男じゃないか。あんたがヒカルかい・・・・突っ立ったままじゃ中に
   入れないよ」
     ヒカル、カーッとして顔をそむける。
カエン「うふふ、こっち来て、お座んなさい」
     ヒカル、ぎこちなく入って来てカエンに顔を向ける。
     屋根の明かり窓から差し込んでくる月明かりが乳房と股間だけを覆った布を巻
     いてむしろに胡坐をかいているカエンを照らしている。
ヒカル「アッ!」
     思わず声を上げて眼をつむる。
カエン「うぶなお坊ちゃま、座って。あたしの名はカエン」
ヒカル「(目をつぶったまま)は、はい」
     カエン、ヒカルの手を取り
カエン「フフッ、固くならずに、眼を開けて」
     ヒカル、恐る恐る眼を開けカエレンの前に座る。
     カエン、ヒカルの上半身の着物を脱がし、胸を撫でまわす。
     ヒカル、ぞくっとして体をこわばらす。
カエン「あ~、瑞々しい肌!何年ぶりかしら」
     カエン、ヒカルの胡坐の上にまたがり胸の布を剥ぎ取り胸を押し付け、ヒカル
     の手を取って乳房に当て、ゆっくりと回す。
カエン「女の体はね、ゆっくりと、優しく、優しくされると、気持ちよくなるものなのよ」
ヒカル「ほーっ!」
     上気してくるヒカル。

〇小屋の前の河原
     ヒガシ、小石を拾って片方の石と合わせるがうまく合わず、首をひねっては川
     に捨てるという動作を繰り返しているヒガシ。
     カエンのひそやかな喘ぎ声が聞こえて来る。
     聞き耳をたてるヒガシ。
ヒガシ「上手くやってるようだな」

〇小屋の中
     カエン、仰向けになって寝そべる。
     ヒカル、カエンのうなじに吸いつき体をきつく抱きしめる。
カエン「ウッ・・ばかねーそんな力任せにしないの」
     とヒカルの手を掴んで股間へ導く。
カエン「フフフッ、お前の猛々しくなったのをここに入れるのよ」
ヒカル「こ、ここか?」
     恐る恐る腰を動かすヒカル。
カエン「ゆっくり、優しくね・・・もっと、もっとよ~」
     感極まりヒカルの首筋を噛むカエン。
ヒカル「ハア~ッ!(ため息)」
     ヒカルの体を抱きしめ首に歯を深く食い込ませるカエン
ヒカル「痛!・・な、何をするんだ!?」
     ヒカル、必死でカエンの体を引き離し外に転がり出る。
     カエン、半身を起こして呆然とする。
     口から垂れた血を手で拭い舐める。
     と、ビクッと体が震え、脳裏に蘇る過去。

〇(カレンの回想)マルベリー家・二階廊下
マルベリー「死ね!」
     マルベリー、アンプロップの腹に剣を突き刺す。
     アンプロップ、ゴホッと血を吐く。
     マルベリー、剣を抜き一歩下がる。
     膝をつき倒れる寸前のアンプロップにとどめを刺そうと剣を振り上げた瞬間
キリツボ「ダメーッ!」
     キリツボが飛んできてマルベリーの首に食らい付く。
マルベリー「グッ!」
     よろけるマルベリー。
     アンプロップ、剣を取り上げマルベリーの心臓に刀を突き刺す。
     剣が刺されたまま、マルベリーが階段を転がり落ちてゆく。
母「あなたあ~!」
     眼から血の涙を流し叫ぶ。
     恐怖でブルブル震えてるカエン。
     ポーターを抱きかかえ泣き崩れている母に抱き付いていたカエンがキリツボを
     睨み叫ぶ。
カエン「人殺し!」

〇小屋の前
     ヒカル、転がり出て首筋を触ると、掌にべっとりと血が付いている。
ヒカル「ひ、人殺し!」
     走って駆け寄ってくるヒガシとすれ違いに飛び出してゆくカエン。
ヒガシ「(振り返り)おい!待て!」
     ヒカル、追いかけようとするヒガシのズボンを掴む。
ヒカル「ヒ、ヒガシ殿、あの女、化け物だ!」
ヒガシ「何言ってんだ!お前、いやヒカル様」
     カエン、スーッと飛ぶように消えてゆく。
     カエンを見送っていたヒガシ、ヒカルに向き直り
ヒガシ「まあ、ともあれお前、いやヒカル様もこれで大人になったという事だ」

     

〇朽ち果てた羅生門・屋根の上
     カエン、屋根に寝そべって夜空の彼方を見つめている。
カエン(M)「私が吸った血は確かに人間の血ではなかった。あの男は一体?」

      

〇王宮の庭園
     薄霧の隙間から朝日が差し込み、草木の葉に付いた朝露がキラキラと光ってい
     る。
     アオイ、小川に掛かった橋の上に佇んでいる。
     木立が揺れ人影が近づく。
アオイ「誰?!」
ヒカルの声「アオイ様、ヒカルでございます」
     木立から霧が晴れてきてヒカルの姿が現れる。
アオイ「なんの用?」
     後ろに手を組んで堂々と近づいてくるヒカル。
     気押される様に1歩下がるアオイ。
ヒカル「私たちが会うのに用事が必要ですか」
アオイ「(冷たく)ほほほ、そんな戯言ヒカル様には似合いませぬ!」
ヒカル「実はあまりにも美しい花を見付けましたので、摘んで参りました」
     と後ろ手に持っていたアザミの花を差し出す。
アオイ「まあ!・・・しょうもないことを」
     照れ笑いを浮かべアザミを受け取る。
アオイ「いたい!やっぱりヒカルはまだ女の扱い方も知らないおバカな子供ね」
     アザミを投げ捨てるアオイ。
     ヒカル一瞬呆然とするが
ヒカル「アッ!」
     引き込まれる様に血の滲んだアオイの指を舐める。
アオイ「な、何をするの!」
     アオイ、怒って手をひっこめる
ヒカル「い、いや、あの・・・」
     困惑したヒカルと怒ったアオイの上気した顔が見つめ合う。
     アオイ、ハッとして我に返り小走りで去って行く。
     呆然とアオイをみつめるヒカル。
ヒカル(M)「一体私はどうなってしまったんだ」

      

〇左大臣の屋敷(夜)
     アオイが廊下に座り満天の星を眺めている。
     侍女が団子を持ってくる。
侍女「今夜はお父上様もお兄様もいらっしゃらなくて、家の中が寒々としてます事」
アオイ「でも、ヒカル様との間をやいのやいの言われ、責め苦から解放されていっそ気が
   休まる」
侍女「・・・(困惑)」
アオイ「あなたはもう、休んで結構よ」
侍女「あ、はい。では、下がらせていただきます」
     後ずさりして去って行く。
ヒカル(off)「アオイ様」
     アオイ、緊張して人影のない庭を見渡す。
アオイ「誰?!」
     ヒカル、物陰から姿を現して近づいてくる。
ヒカル「アオイ様、ヒカルでございます」
アオイ「(胸をなでおろすも)あなたはいつも挨拶も予告も無しで現れるのね」
ヒカル「玄関払いされるのには、もう空きました」
     廊下へ上ってアオイの正面に座るヒカル。
ヒカル「今夜は何が何でも帰りませんよ!」
アオイ「おお!怖いこと・・・」
     後ずさりするアオイの手をギュッと握りしめ、じっと見つめるヒカル。
アオイ「今夜のヒカル様は別人の様・・・」
ヒカル「アオイ・・・さま」
アオイ「・・・・」
     目を閉じて、腕から力が抜けてゆく。
     ヒカルの唇が、アオイの唇に迫りアオイの上唇をはさみ込むように横に滑って
     行き、あごからうなじへと移動する。
アオイ「ハア~~」
     思わず洩れたため息に顔を離すヒカル。
     眼をつむり、半開きの唇のアオイを見つめる。
     突然、アオイを抱きしめうなじに唇を押し付けたヒカルの眼が輝き顔中に血管
     が浮いて来る。
     口を開けると牙がむき出しになり、皮膚に食い込む。
アオイ「ハア~!ヒカル様~」
     ヒカル、ハッとしてうなじから口を離してアオイを放り出し立ち上がる。
アオイ「アッ!?」
ヒカル「わ、私はなんてことを・・してるんだ」
     恍惚状態のアオイ、しどけなく体を起こしヒカルの後ろ姿を見つめる。
アオイ「あ、あの・・・」
     アオイは、振り返ったヒカルの眼とった瞬間、恥ずかしさに顔が真っ赤になり
     周りを気にして慌てて正座に座り直す。
     と、いきなり後ろ向きになり怒り出す。
アオイ「何よ!図々しいにも程があるわ!私は子供に興味なんかないの!いきなりやって
   きて、年増女をもてあそんで、さぞかし良い気持ちでしょうね!ああ~、けがわら
   しい!」
ヒカル「(おどおどして)ごめん、こんな事になるなんて」
アオイ「顔も見たくない!行って!」
ヒカル「わ、分かった・・・」
     ヒカル、ぐずぐず足踏みするばかり。
アオイ「早く消えてしまえ!」
     ヒカル、どたどたと転がるように走って帰る。
     アオイ、ヒカルを見送った後へなへなと体が崩れ、火照った顔を仰ぐ。
アオイ「はあ~熱い!私、ヒカルの体に興奮なんてしてないんだから・・・」
     塀の屋根が薄明りに染まり、アオイの顔を朝焼けが照らす。

〇王宮・王の間・寝所(昼)
     布団の上に半身を起こした王が食事を終え、侍女の持つ膳に箸と器を乗せる。
     侍女が膳を抱えて立ち上がり部屋を出ようとすると、王妃が入ってきて侍女の
     前に立ちふさがる。
     王妃、侍女の持つ膳を手に取って眺め、侍女を見つめる。
     うなずく侍女。
王妃「いよいよこれが王の最後の晩餐って事ね」
     満足げな表情を浮かべた王妃、王の横に膝を落とし、胸をかきむしり恐怖にも
     だえる王を見つめる。
王「お、お、お前は!・わしに毒を食わしていたのか!?あ、あ、ぁぁ!・・・」
王妃「可愛そうに、声も出なくなってしまったのね。でもこの苦しみも、もうすこしの辛
  抱よ」
     もがく王。
王妃「後のことは心配しなくてもいいわ、わたくしと魔地麻呂で上手くやっていくから」
     王、怒りに体を震わせ起き上がろうとするが、王妃に押し倒されてしまう。
     床に転がりうつぶせになる王。
     王妃、立ち上がり王を見下ろす。
王妃「なんて無様な姿だこと。王の権威も台無しね。フフフフ、アハハハハハ!」
     笑いながら出てゆく王妃。
     王、這いずって追いかけようとするが直ぐに力尽き悔しさに弱々しく床を叩く。

  

〇同・廊下
     王妃、歩いてくるフジツボに一瞬躊躇するが、尊大さを装いすれ違う。
     脚を止め、うやうやしく頭を下げるフジツボ。

〇同・寝所
     フジツボ、王の姿に驚き駆け寄る。
フジツボ「おおきみ!大丈夫でございますか!」
王「フジツボか・・・」
     必死に立ち上がろうとする王の体を支えるフジツボ。
     王、フジツボの肩に手を掛け立ち上がる。
王「王妃に・・・毒を盛られた」
フジツボ「えっ?!」

〇ヒカルの寝所の前
     女官、ひれ伏して
女官「ヒカル様!お起き下さいませ!大きみが大事でございます!・・・ヒカルさ、」
     ヒカルが猛然と飛び出てきて走り去る

〇王の間・寝室
     フジツボ、寝ている王の顔の汗を拭いている。
     ヒカルが飛び込んできて
ヒカル「父上!」
     王の体を揺する。
ヒカル「父上、ヒカルでございます」
     王、うっすらと眼を開け
王「・・王妃にこの国を渡してはならん」
ヒカル「エッ?・・・」
王「お前の本当の母親は・・洞窟にいる・・・クロに連れて行ってもらえ・・ グフッ!
 ・・許してくれ!ヒカル。わしとキリツボとは交わってはならなかった・・・グフッ!」
     血が口から吹き出し、眼を剥き硬直し息絶える王。
ヒカル「父上~!」
フジツボ「おおきみ!」      王の体に取りすがるヒカル。
     フジツボ、ヒカルの体を掴んで
フジツボ「ヒカル様!王きみを殺したのは王妃ですぞ!おおきみの最後の言葉!しっかり
    胸に刻んでくださいませ」

〇河原(夕方)
     真っ赤な夕日が山の彼方に隠れて夕闇が迫ってくる。
     大粒の涙を流し彷徨うヒカル。
ヒカル「父上~私は、一体どうすればいいのですか・母上に・・会いたい・・・」

〇小屋の外
     カエンが口笛を吹く、と四方からコウモリの群れが集まってくる。
カエン「さあお前たち!あの男を探して来るのよ」
     コウモリが黒いかたまりになって街を目指して飛んで行く。

〇大路
     塀の白壁にへばりつく様に泣きながら歩くヒカル
ヒカル「ウうう、父上は私には何も授けてくれないまま逝ってしまった・・・誰か!教え
   てくれ・・・」
     肉の欠片を貪っている野犬にぶつかりそうになるヒカル。
野犬「ウウウウウッ」
     とびかかる勢いで威嚇する野犬。
ヒカル「ウワッ!」
     ヒカル、飛びのいて壁にへばりつく。
ヒカル「こんな野良犬まで私を見下しおって」
     体は震えながらも、次第に目が充血し口が裂け牙がむき出しになる。
ヒカル「シャー!」
     眼をつり上げ犬に向かって吠えるヒカル。
     ビクっとしてヒカルに咥えてた肉を放り投げ、一目散に逃げ去る犬。
     ヒカル、優越感に浸り肉を食いちぎる。

〇河原の小屋(満月の夜)
     小屋に顔を突っ込むヒガシ。
     カエンが出てくる。
カエン「もう商売はやってないよ」
ヒガシ「・・・お前、ヒカルに何をしたんだ?あの後ヒカルの態度が尋常じゃないんだ」
カエン「私にもわからない。あんな人間初めてだ」
ヒガシ「あんな人間って、どうゆう人間だ?」
カエン「今に分かるさ」

〇小路
     眼が充血し牙を剥き出しのヒカル、怯え、葛藤しながら歩いている。
ヒカル「ハア、ハア、喉が渇く・・・生血が欲しい(激しく首を振り)駄目だ!駄目だ!
   俺は獣じゃない!・・・ハア、ハア、 私は一体どうしたというんだ」

  

〇ある下級役人屋敷の前(星明りの夜)
     板塀が腐っていたり、柱の漆が剥がれたままの屋敷。
     ヒカル、脚を止め敷地の中を覗き、廊下を歩いて奥に入って行く女を見て、牙
     をむき出して興奮する。
     次の瞬間、自分の背丈程の板塀を軽々と乗り越え敷地の中へ入ってゆく。
     上空で飛び回っているコウモリの群れが一斉に飛び去ってゆく。

〇母屋
     ヒカル、平然と廊下に上り板の扉を開けようとして突然手が止まる。
     両手で口を覆うと手が震え汗が流れ落ちて来る。
ヒカル(m)「わ、私は獣じゃないぞ!この戸を開けるんじゃないぞ。アオイのところに
帰るんだ」
  

〇家の中
     衝立の奥に着物を掛け、寝ている娘(蹴鞠ゲームのときの女官)
     ドンと音がして扉が開き、目が充血したヒカルが入って来る。
     娘、ピクンと反応するが寝入ったまま。
     ヒカル、衝立の横から静かに娘の枕元に近づき見下ろす。
     娘、薄目を開ける。
娘「お父様?」
ヒカル「いや」
娘「どなた?」
ヒカル「私だ」
娘「えっ?!」
     ハッとして着物を持ち上げ半身を起こし後ずさる娘。
ヒカル「さあ、その美しい顔を見せておくれ」
     と衝立をずらして娘の横に腰を落とす。
     開けた扉から入ってきた星明かりが娘とヒカルの横顔を薄暗く浮かび上がらせ
     る。
娘「もしや・・あなた様は?」
     ヒカルを見つめる娘、陶酔してゆく。
     娘の肩を抱くヒカル。
     ヒカルにしなだれかかる娘。
     ヒカル、娘の頬に唇を触れ首筋に移動してゆく。
     眼を瞑り恍惚状態の娘。
娘「はぁ~・・・」
     ヒカルの眼が吊り上がり大きく開けた口から牙が現れ、娘の首筋に触れる。
娘「アッ!」
     牙がくい込む。
娘「ハアアアア!」
     軽い悲鳴を上げた娘の顔からみるみる血の気が失せてゆき、失神し床に倒れる。
ヒカル「どうした?おい!起きろ!起きてくれ!」
     娘の体をゆするヒカル、ハッとして後ずさりする。

  

〇主の寝床
     娘の父親が娘の寝屋の物音に目を覚ます。
父親「我が娘もやっと誰ぞに見染められたかの」

〇母屋の廊下
     ヒカルが左右を伺い、出てくる。
     その時、廊下の角から娘の父親がのそのそと現れる。
ヒカル「まずい」
     ヒカル、慌てて庭に飛び下り逃げる。
父親「お、おい!・・・何も逃げなくても娘が良ければ大歓迎なのに」
     とおもむろに振り返り娘に声をかける。
父親「むすめや、今夜の男は気にいらなかったのかい?!」
     衝立が倒れる。
     衝立の後ろには、仰向けに倒れ首筋から血を流している娘が。
     父親慌てて駆け寄り娘を抱き起す。
父親「おおお?!神様!娘をお助け下さい!」

  

〇小路(夜)
     空中をコウモリが飛び回っている。
     ヒカル、路地から息を切らして走り出てくる。
ヒカル「一人の娘の命を奪ってしまった。わ、わたしは一体何者なんだ?!ああ~アオイ!
助けてくれ!い、いや、ダメだ!もうアオイには会えない・わたしは・どうしたら
いいのだ?」
     首を両手で掴み空に向かって訴えるヒカルの体は、今にも倒れそう。
カエンoff「わたしがお前の悩み聞いてあげる」
     ヒカル、ギョッとして振り返る。
     カエン、立ち木の陰から姿を現す。
ヒカル「お前は、あの時の!・・化け物!寄るんじゃない!」
カエン「わたしが化け物なら、あんたも化けものかもしれない(手を差し伸べ)化け物は
   化け物の気持ちが良く分かるんだよ」
     ヒカル、刀を抜いてへっぴり腰で構える。
ヒカル「寄るな!寄るんじゃない!これ以上近づいたら斬るぞ!」
カエン「あんたは自分の事が分かってないんだ」
ヒカル「おまえは、何を言ってるんだ!」
     グイとヒカルに近づくカエン。
カエン「私もお前の本当の正体が知りたいんだよ」
ヒカル「ほんとに斬るぞ!」
カエン「(笑みを浮かべ)また会えるのを楽しみにしてるよ」
     カエンの口笛を合図にコウモリがヒカルに群がり、一周してカエンと共に飛び
     去ってゆく。
ヒカル「ウワアッ!」
     呆然と立ちすくむヒカル。

〇王妃の屋敷・母屋(夜)
     魔地麻呂、所在投げに廊下に座り月を眺めている。
     王妃がやって来て
王妃「おや、我が息子とあろう者が今夜も家の中でくすぶっているとは・・・お目当ての
  姫とは上手く行ってないのかい?」
魔地麻呂「それが、いま姫は恐ろしい病にかかり、瀕死の状態なんだ。肌が真っ白で、ま
    るで血の気がないんだ」
右大臣が庭先から焦った様子で入ってくる。
右大臣「王妃!街中では今大変なことが起っておりますぞ。わしの所管の役人の娘が、何
   者かに首筋を噛みつかれ血を吸い取られ、あやうく殺されそうになった。その傷痕
   がまた!人間とは思えないケモノの牙の様だったと」
間知麻呂「なんだと!?」
王妃「ケモノ?大方野良犬の仕業ではないのか?」
右大臣「娘の寝屋から逃げた男の仕業に違いないと主が断言しております。人間に化けた
   鬼の仕業に違いないと皆恐れおののいております」
王妃「ほ、ほんとうに鬼の仕業なのか?」
魔地麻呂の袖を握る王妃。
魔地麻呂「姫の病は鬼の仕業だったのか。その鬼!俺が捕まえてやる」
王妃「そんな恐ろしい者にかかわるのは止めておくれ!お前はまだ子供」
魔地麻呂「いい加減子供扱いは止めてください!この程度の事わけもない!」

〇左大臣の屋敷・庭(夜)
     庭が煌々と月に照らされている。
     アオイが廊下に座って不安げな顔で夜空を見つめている。
     憔悴しきったヒカルが、ふらふらと入ってくる。
アオイ「?(目を凝らし)ヒカル!いままでどこに?」
     アオイ、呆然とヒカルを見つめる。
     体を揺らすヒカルに駆け寄り、支えるアオイ。
アオイ「ヒカル、一体何があったの?」
     ヒカル、泣きながらアオイの腕を振りほどき地面にひれ伏す。
ヒカル「わ、私は野良犬にも劣る薄汚いケダモノだ!許してくれ!許してくれ!」
     アオイ、膝まづいてヒカルの頬を撫でて
アオイ「泣かないで・・・さあ、泣かないで立ってください」

〇朱雀門・衛士舎(朝)
     隊長が椅子に座り居眠りしている。
     魔地麻呂、入ってきて椅子を蹴とばす。
魔地麻呂「都は今、血に飢えた吸血鬼の為に姫たちを恐怖に陥れているというのに、お前
    の仕事は眠る事しかないのか!」
隊長「何をす?・・(ギョッとして)は、はい!今起きようとしていた所であります!」
     慌てて立ち上がる隊長。
魔地麻呂「部下を連れて一緒に来るんだ!」
隊長「分かりました!」

〇朱雀門・前
     階段に立つ魔地麻呂の前に隊長と数名の衛士が集まってくる。
魔地麻呂「よし!行くぞ!」
     魔地麻呂を先頭に大路を進む衛士たち。

〇ある下級役人屋敷の前
     入り口を警戒する数名の衛士。
     魔地麻呂と隊長、母屋に入ってゆく。

 

〇母屋の中
     主に案内されて伏せっている娘の所へ近づく魔地麻呂と隊長。
     主が首に包帯を巻いた娘の顔の前に座る。
主「娘や、王妃様のお使いじゃ、聞きたいことがあるそうじゃ」
     隊長、片膝をついて娘を覗き込む。
     魔地麻呂は後ろで立ったまま。
隊長「どうだ、話はできるか?」
娘「は~、はい・・」
隊長「その男は顔を見知ったものだったか?」
魔地麻呂「どうだ?」
娘「・・一瞬だけ、ヒカル様かと・・」
魔地麻呂「間違いないな?」
娘「い、いいえ!見間違いです。そんな高貴な方がこんなところへ来て下さるはずはあり
 ません。今となってはどなたのお顔か思いだせないのです」
主「娘や、なんとか思い出せないかね?」
娘「ああ~(頭を振る)」
隊長「(振り返り)どういたしましょう?」
     魔地麻呂の顔に不審がよぎる。
魔地麻呂M「ヒカルが?鬼?」

〇王の間・寝所の廊下(昼)
     魔地麻呂、女官を押しのけてずかずかと入ってくる。
     フジツボ、王の寝室から出て来て、魔地麻呂の前に立ちはだかる。
魔地麻呂「ヒカルはどこだ」
フジツボ「ヒカル様はお出かけになられました」
魔地麻呂「どこへ行ったのだ!」
フジツボ「ヒカル様が何をしたと言うんです?」
魔地麻呂「ヒカルはな、それは恐ろしい吸血鬼なのじゃ」
フジツボ「うそです!あなた方こそおおきみを毒殺した鬼、畜生ではありませんか!」
魔地麻呂「証拠もないのに、でたらめいうな!」
     魔地麻呂、飛び掛からんばかりのフジツボの顔を殴りつける。
フジツボ「ア~ッ!」
     倒れるフジツボ。
     庇う女官。
魔地麻呂「もう容赦せぬからな、覚悟しとけ!」
     興奮で震える拳を押え、去る。
     フジツボ、口から血を流し睨み付け見送る。
フジツボ「(ハッとして)ヒカル様に知らせなければ」
     庭に飛び出す。

〇街中(夕方)
     魔地麻呂が十数名の衛士を従え郊外へ向けて行進して行く。

〇左大臣の屋敷・西裏門(夕方)
     フジツボがキリツボの愛馬クロを引いてくる。
フジツボ「急いでください!魔地麻呂と手下が迫って来てます」
     アオイ、ヒカルの手を取って
アオイ「私のことは心配しないで」
ヒカル「し、しかし・・・・」
アオイ「私は大丈夫よ!早く行って!」
ヒカル「わ、分かった!」
     愛馬のクロにまたがるヒカル。
ヒカル「(馬の首を撫でて)さあ!クロ、母親の所へ連れてってくれ」
     クロ、大きく首を振って走り出す。
アオイ「どんなことになってもわたしはヒカルを信じて待ってます」
     つぶやき見送るアオイ。

〇左大臣の屋敷・東正門
     魔地麻呂が門の中に進み、衛士が左右に分かれて屋敷を取り囲む。

  

〇同・車宿横
     魔地麻呂が怒鳴りながら歩いて来る。
魔地麻呂「ヒカルはどこだ!おとなしく出て来い!」
     アオイ、廊下を渡って来る。
アオイ「魔地麻呂様と言えど突然やって来て大声を出されては迷惑です。ヒカル様はここ
   にはいません」
魔地麻呂「嘘を言うな!かばいだてするとお前も罪を免れんぞ」
アオイ「それなら、どうぞ家探しでもなんでも好きになさって下さい」
     そこへ左大臣とヒガシが慌ててやって来る。
                                                                                                                                                                                                                                       左大臣「騒々しい!何事じゃ!」
ヒガシ「これはこれは、今をときめく王妃様のご子息」
魔地麻呂「ヒカルは王が亡くなったすきに乗じて都と宮中を恐怖と混乱に陥れた重罪人で
    ある。その罪人の逃亡を助けた罪でアオイ様を逮捕しなければならない」
ヒガシ「おいおい、ヒカルが何をしたって?もしヒカルが何かやらかしたからって、アオ
   イにゃなんの関係も無いこと。まだ結婚もしてないのに」
魔地麻呂「それだけではない。左大臣殿はヒカルを利用して宮中の実権を正当な王の後継
    者たる王妃から不当な手段を用いて奪おうとした形跡がある」
左大臣「言いがかりだ!お前ら親子こそ王の権威を横取りして好き勝手のし放題じゃない
   か!」
魔地麻呂「言い逃れは無駄だ!(隊長に)おい!この二人を引っ立てろ」
隊長「はっ!」
     隊長、部下と共に左大臣とアオイの腕を取り、押さえつける。
左大臣「お前らの汚い手で触るんじゃない」
     思わず手を放す部下。
     ヒガシ、魔地麻呂の前に立ちふさがり。
ヒガシ「魔地麻呂殿、俺がヒカルを捕まえてくる。その時は父上とアオイは嫌疑なしとい
   う事で解放してくれ」
アオイ「兄上!何を馬鹿な事を言ってるの!恥を知りなさい」
魔地麻呂「まあ、本当にヒカルを捕まえてきたら考えてやってもいいが、捕まえられなか
    ったらお前も罰は逃れられんぞ」
ヒガシ「必ず捕まえてくる。待ってろ!」
魔地麻呂「ふん」
     ヒガシ、飛び出してゆく。
     怒りと不安なまなざしで左大臣を見つめるアオイ。
アオイ「お父上様」
左大臣「・・・・・」

〇野原
     黒馬がヒカルを乗せて走っている。
     林を抜け、山に向かって走る黒馬。
     上空にコウモリの群れが現れ、ヒカルの後を追って飛んで行く。

〇森の中(夕方)
     夕日を背に受けて、馬に乗ったヒカルが木々の間を抜けてくる。

  

〇洞窟の前
     窪地を降りてきた黒馬、ピタッと止まり、いななく。
ヒカル「(馬の首を摩り)分かった、分かった」
     ヒカル、馬から降りて周りを警戒して見渡し洞窟に近づく。
ヒカル「ここに入れという事か?」
     洞窟の奥の暗闇にたじろぐヒカル。
     上空で飛び回っていたコウモリが飛び去る。
     ヒカル、立て掛けた松明に、火打ち石を何度も打ち付け、やっと火のついた松
     明をかざして、洞窟に入って行く。

〇洞窟の中
     ヒカル、松明を左右に振り恐る恐る進む。
     額に何かが触れ、
ヒカル「ヒヤアッ!」
     腰をぬかしそうになり岩壁に腰を打ち付ける。
ヒカル「痛ッ!」
     痛みをこらえ泣き顔で松明をかざすと、天井にコウモリの大群。
ヒカル「ワッ!・・やっぱり来るんじゃなかった」
     それでもへっぴり腰で歩くヒカル。
     前方にかすかな光を発見する。

〇洞窟の奥の広間
     奥の広間の天井からかすかに星の光が差し込み棺を照らしている。
     ヒカル入ってきて、松明をかざし周囲を伺い、中央の棺に近づく。
ヒカル「・・この中に何があるというのだ?」
     棺を見つめるヒカル。
     かすかにふたが振動を始める。
     腰を抜かさんばかりに後ろに飛び退くヒカル。
     棺の振動が収まり、壁に張り付いていたヒカル、再びそろりそろりと棺に近づ
     く。
     動いてない事を確かめる様にふたに手を置き、ふたを押して見るがびくともせ
     ず。
     横に移動して踏ん張って両手で力を入れ、ふたを押すとふたがすべるように後
     ろへ開いてしまう。
     勢いあまって棺の中に顔を突っ込み掛け、棺の中のキリツボの顔に触れそうに
     なったヒカルの顔が硬直する。
     キリツボの眼が開く。
ヒカル「うわあ!」
     ヒカルの体が壁に飛ばされる。
     牙が剥き出しで挑むような眼の女が、棺から出て来てヒカルを見つめる。
キリツボ「お前は誰だ?」
ヒカル「(絞り出す様に)し、死体が動いた!」
キリツボ「ヒカルか?・・・ああ~、恐れないでヒカル!私のかわいい子供。立派な男に
    成長した事」
     キリツボ、震えているヒカルに近づき肩を掴み手首まで擦ってゆく。
     柔和な顔つきになってゆくキリツボ。
キリツボ「お前がここに来たという事は、おおきみが亡くなられたのだね」
     ヒカルの目から大粒の涙があふれ、倒れそうな体を棺に手を付いてかろうじて
     支える。
ヒカル「あああ~父上は、父上は・・・王妃に殺された!」
キリツボ「なんと!卑劣な・・・」
ヒカル「このまま王妃に宮中を乗っ取られたままになればこの国は滅びてしまう。私は王
   妃の支配から王宮を守らなければならないのに・・・でもどうやって王妃を倒せば
   いいのか。私には何の力もない」
     泣き崩れるヒカル。
     キリツボ、ヒカルの肩を抱いて慰める。
キリツボ「ヒカルや、嘆かないで。お前はもう独りぼっちじゃない。母がここにいるでは
    ないか」
ヒカル「母上~」
     キリツボの胸に顔をうずめて泣きじゃくるヒカル。
キリツボ「お前にはアンビロップ家の血が流れている。さあ!偉大なるヴァンパイア一族
    アンピロップ家の服に着替えて、王妃に復讐を果たすのだ」
     キリツボ、棺の中から服を取り出しヒカルに差し出す。
     ヒカル、服を受け取り着物を脱ぎ上半身裸になる。
キリツボ「なんて美しい体だ。息子でなけりゃ血を吸い取ってしまうところだよ」
     ほれぼれとヒカルを見つめるキリツボ。
     アンピロップ家の衣装をまとったヒカル。
キリツボ「我々ヴァンパイア一族は人間の生血を摂らなければ生きて行けぬ。この地には
    新鮮な血が満ちている。そしてお前は王の正統な後継者。ヴァンパイア一族のア
    ンピロップ家がこの都を支配するのです」
ヒカル「はい!母上・・・」
     ヒカルの顔に星の光が注がれる。
     目が怪しく光り、口が裂け、牙がむき出しにして咆哮するヴァンパイアの血に
     目覚めたヒカル。
ヒカル「ウオォ~!」
ヒカル「今この体にヴァンパイア一族の血がたぎってきている。母上、私がアンピロップ
   家を再興します!王妃を八つ裂きにする!」

〇洞窟の前(夜)
     コウモリの群れが地上に降りてきて、渦巻きを巻いて飛び去るとカエンが一人
     立っている。
カエン「ありがとう、みんな」
     カエン、去って行くコウモリに手を振り洞窟を覗き込む。
カエン(M)「ここにあの男が来たのか?」
     その時、洞窟の中から足音がしてくる。
     洞窟から離れて隠れるカエン。
     ヒカルが中から出てきて、ゆっくり辺りを見回し口笛を吹く。
ヒカル「ピーッ!」
     クロが走って来てヒカルにすり寄る。
カエン(M)「あれは?アンピロップ家の服装じゃないか?」
     ヒカルを乗せクロが駆けてゆく。
カエン「まさか?」
     改めて洞窟を覗くカレン。

〇洞窟の中
     やってくるカエン、奥の方に星の光に照らされた棺を発見する。
カエン「あれは?!」

〇洞窟の奥の広間
     棺の横に佇んでいるキリツボ。
     対峙するカエン。
カエン「キリツボ!・・父の仇がこんなところへ隠れていたとはな」
キリツボ「カエン!どうしてこの世界へ?あの時、崖のから飛び出して振り切ったと思っ
    たのに」
カエン「執念さ、渦が消える前に飛び込んだのさ!この都に居るとは思ってはいたが・・
   やっと見つけた!」
キリツボ「私もカエン殿もヴァンパイア最後の生き残り、無駄な争い止めよう」
カエン「いーや! お前は私の父を殺したばかりか、お前を愛していた弟までも殺した卑
   劣漢」
キリツボ「私は、殺していない!」
カエン「黙れ!お前らの冷酷さと残虐さは、この傷痕に残っているのだ!」

〇(回想)マルベリー家・二階廊下(夜)
     アンプロップ、エスカレーターで登るようにスーッと追いつく。
アンプロップ「ポーターさん」
     振り向くポーターの首にアンプロップの顔が迫り、声を出す間もなく噛みつか
     れる。
     見る見る間にポーターの顔が白くなり首に真っ赤な歯型を残し床にくずれる。

〇(回想)同・二階の廊下
     アンプロップ「剣でわしを殺すことは出来ぬ」
マルベリー「死ね!」
     マルベリー、アンプロップの腹に剣を突き刺す。
     アンプロップ、ゴホッと血を吐くが薄笑う。
     マルベリー、ぞっとして剣を抜き一歩下がり、とどめを刺そうと剣を振り上げ
     た瞬間。
キリツボ「ダメーッ!」
     キリツボが飛んできてマルベリーの首に食らい付く。
マルベリー「グエッ!」
     マルベリーがキリツボを振り落とした瞬間、アンピロップの剣が胸を突き刺す。
     剣が胸に刺さったまま、マルベリーが階段を転がり落ちてゆく。
母「あなたあ~!」
     眼から血の涙を流し叫ぶ母。
     恐怖でブルブル震えてるカエン。
     ポーターを抱きかかえ泣き崩れている母に抱き付くカエンが、キリツボを睨み
     叫ぶ。
カエン「人殺し!」

  

〇(回想)同・カエンの部屋
     アンプロップ、カエンを窓辺に押し付け、抱きすくめて首に歯を立てる。
アンプロップ「やはり処女の血に勝るごちそうはないわい」
カエン「お願い!やめてえ!・アッ、アア~」
     アンプロップの腕の中で血の気が亡くなり、ぐったりするカエン。

〇洞窟の奥の広間
カエン「私はお前の父親に殺されたが、ヴァンパイアとしてよみがえったのだ。お前の親
   父は太陽を浴びせて燃えカスにしてやった。残るはお前!ただ一人。マルベリー家
   の恨みを受けるがいい」
キリツボ「私にはまだ見届けなければいけない事がある」
カエン「黙れ!」
     カエン、剣を抜きキリツボに突き刺す。
     剣が突き刺さったまま仰向けに倒れるキリツボ。
カエン「なんだ・・これまでの苦労が・・・こんなあっけないものだったのか?・・・」
     拍子抜けしたカエン、キリツボの腹に刺さった剣を抜こうと柄を握ると、キリ
     ツボの手が剣を掴み、目をガッと開ける。
カエン「(恐怖)ゥワッ!」
     思わず剣から手を放しのけぞるカレン。
     キリツボ、立ち上がり腹から剣を抜いて捨てる。
キリツボ「我らヴァンパイア族が、この程度で死ぬわけは無いこと知らぬわけがあるまい
    に。人間世界に長居しすぎてヴァンパイアの本質を忘れてしまったか」
カエン「クウウウ・・次は間違いなく仕留める」
キリツボ「カエン殿が私を殺せば私の息子ヒカルがカエン殿に復讐するだろう。そうなれ
    ばマルベリー家は滅びる。そなたの復讐は成就しなくなるぞ」
カエン「何!お前の子供がヒカルだと?ではあの男が?・・・ああ~何と迂闊だったんだ」
     頭を抱えるカエン。
キリツボ「私は人間の子を産んで人間の世界で生きたかった。お前の弟のポーターとなら
    希望がかなえられると思っていた」
カエン「嘘だ!」
キリツボ「でも私たちに流れる血の壁を超えることは出来なかった」
     思い出の彼方に思いを巡らし、目を閉じるキリツボ。

〇(回想)丘(昼)
     ポーター、両手を掴んでキリツボをぐるぐると回している。
     宙に浮かんで回るキリツボ。
     ポーターが目が回り倒れ込むと、その上に折り重なって倒れ込むキリツボ。
     二人、抱き合い笑って草地を転がり回る。
カエン・ポーター「アハハハハ」

〇(回想)アンピロップ家バルコニー(夜)
     コウモリと共に帰って来るアンピロップが着地する。
キリツボ「お帰りなさい、お父様!」
父「愛する娘や!早く本物のヴァンパイアになってわしを安心させておくれ」
     キリツボが抱きつくと、その体を強く抱きしめ首筋に歯型を付ける。
     体をねじって体を離すキリツボ。
キリツボ「フフフ、お父様の子だもの、私は本物のヴァンパイアよ!でも夜しか出歩けな
    くなったらマルベリー家のポーターと会えなくなってしまうからお父様の様には
    ならないわ」
     後ろを向いたキリツボの肩を抱いて空を睨む父。
父(M)「娘や、お前のその特異体質が恨めしい・・ヴァンパイアは人間と交わることは
    けっして出来ないのだよ」

〇(回想)マルベリー家・玄関
     キリツボ、走り込んで来て周りを見渡し、二階の廊下に目線をやる。
キリツボ「おとうさま?・・・ポーター?ポーター?どこ?」
     階段を駆け上るキリツボ。

〇(回想)同・廊下
     血だらけで倒れているマルベリーとポーターの死体。
     見つめているアンプロップ。
     駆け上がってくるキリツボ。
キリツボ「イヤアッ!」

 

〇洞窟の奥の広場
キリツボ「初めて私の愛した人が父親に殺されて、これほどの絶望があろうか。私は父親
    を殺したかった」
カエン「でもお前もわたしの家族を殺すことに加担したんだ」
キリツボ「カエン殿に家族を殺され、天涯孤独になった私はあの世界から逃げたかった」

〇(回想)王宮・寝所
     闇夜の上空にカミナリが発し、黒雲が発生すると雲の中から1台の馬車が飛び
     出してくる馬車がゆっくりと屋敷に落下してゆき、渦を巻いた大量のコウモリ
     が後を追う。

〇(回想)王宮・寝所
     ドンという音に目を覚まし暗闇の中、外をうかがう王。

〇(回想)王宮・庭
     粉々に壊れた荷馬車の上に乗っている棺の蓋が開き、西洋の貴族の衣装をまと
     った金髪の女(キリツボ)が起き上がり出てくる。
     庭を埋め尽くしていたコウモリが一斉に飛び去ってゆく。
     残されたのはキリツボと黒馬だけ。

〇(回想)同・寝所の外廊下
     王が上半身裸のまま部屋から出てくる。
     この世の者とも思えない女の妖艶さに魅入られ呆然と見つめる王。
     前に進み出るキリツボ。
王「お、お前は・・・こ、この世の者か?・」
     僅かに怯み後ずさる。
キリツボ「あなた様はこの国の良き王ですか?」
王「(気を取り直し)もちろんじゃ、わし以外にこの国を治められる男がどこにいるとい
 うのだ」
キリツボ「慈しみ深い王様、私のすべてを捧げます」
     キリツボは膝を折って深々とお辞儀をする。

〇(回想)同・王の間(初夏)
     夏の日差しを浴びて王座に座った王、キリツボが抱いた赤子(ヒカル)の頬を
     擦ったり頭を撫でたりと相好を崩す。
王「わしの不格好な顔に似ず何と聡明な顔をしていることだ。わしの跡継ぎはお前に決ま
 りだぞ」
キリツボ「ホホホ、まだ言葉も発せられないのに、望みが大きすぎます事」
     王妃が三歳の息子魔地麻呂を伴ってやってくる。
王妃「まさか、我が息子の魔地麻呂の顔をお忘れではありますまいな(キリツボを睨み)
  下賤なお前が入れるところではない!とっとと消やれ!」
王「やめんか!わしの屋敷に誰を呼ぼうがわしの勝手じゃ!王妃といえども、文句は言わ
 せんぞ」
キリツボ「(寂しさを隠し)いえ、わたくしは王きみにヒカルの顔をお見せ出来ただけで
    満足でございます」
     そそくさと引き下がるキリツボに、声を掛けようとする王。
王「キリツボ・・・」
     王妃、間に立ちふさがる。
王妃「おおきみ!往生際が悪い!」
     王、諦めて魔地麻呂の肩に手を置いて見つめ、ため息をつく

〇(回想)キリツボの小屋敷
     キリツボが赤子を覗き込むと赤子が頬を赤くして苦しがっている。
     額に掌をあてると
キリツボ「大変、すごい熱!」
     部屋のふすまを開け廊下に向かって叫ぶ。
キリツボ「誰か!?・・・」
     赤子の泣き声が次第に激しくなる。
     どこからも反応はなく、女官や女房が素知らぬ振りでキリツボの横を通り過ぎ
     てゆく。
キリツボ「ああ~、どうしよう?お前が人間なのが恨めしい」
     キリツボ、思い余って赤子を抱きかかえ部屋を飛び出してゆく。

〇(回想)小屋敷・表門
     赤子を抱えたキリツボ、数名の門番に頼み歩く。
キリツボ「(第一衛兵に)どうかお願いです!お車を用意していただけませんか」
門番A「無理じゃ!無理じゃ!わしらではどうにもならん!」
キリツボ「(門番Bに)子供が死にそうなんです!」
門番B「(迷惑そうに)あんたの頼みはすべて無視せよとの王妃からの命令なんじゃ!速
   くどこかへ行ってくれ!」
     赤子がまた泣き始める。
     キリツボ、赤子を抱きしめ泣きながら門の外に走り出る。

〇(回想)大路~小路(点描)
     赤子を抱いて必死の形相で走るキリツボ。
     雨が降り始め、赤子を雨からかばい走るキリツボ。
     小路を曲がり小屋敷の門をたたくキリツボ。
     家の主人に断られ軒先に立ち尽くすキリツボ。

〇回想)川べり
     雨に打たれ歩くキリツボ、ついに力尽き倒れてうずくまる。
     舎人、馬を走らせやって来て通り過ぎる。
     が、馬を降りて戻ってきてキリツボに声をかける。
舎人「高貴なお方とお見受けしますが?・・おおっ!お子が一緒ではありませぬか、こん
  な雨の中お可哀想に」
     と笠と上着を脱ぎキリツボに掛ける。
舎人「立てますか」
     キリツボ、顔を上げ舎人の手を握る。
キリツボ「どなたか?・・・ああ~お前は舎人の」
舎人「あっ!・・キリツボ様!なんでまた、こんなところに?とにかく我が家で雨宿りを」
     キリツボを抱えるようにして足早に歩いてゆく舎人。
     馬が後を追いかける。

〇(回想)舎人の家・玄関
     舎人に抱かれたキリツボが入って来る。
     フジツボが奥から走って来る。

〇(回想)森
     キリツボを乗せたクロが、コウモリの群れを追いかけて森の中へ入ってゆく。
     馬で追いかける王。

〇(回想)洞窟の前
王「どうしてもだめなのか?」
キリツボ「やはり鬼と人とは交わらぬ運命なのです。ヒカルは人としてお育てくださいま
    せ。決して私の事は触れないように」
     さあ~と翻り、すべるように洞窟の暗闇の中に消えてゆくキリツボ。

  

〇洞窟の奥の広間
キリツボ「違う世界ならやり直せると思ったが」
カエン「(皮肉っぽく)さぞかし感激の親子対面だったろうな。お前の苦労話も大した愛
   情物語だ。それに引き換えこの私はお前を探し求め故郷を離れ、砂漠を放浪し、荒
   海を渡りこの都で恋も愛もなく男の血を吸い孤独を生きながらえ十数年(涙が溢れ
   てきて)・・お前がいなければ私は永遠の地獄の業火を浴びずに済んだのに」
キリツボ「そんなに殺したければ殺すがいい!しかし今のお前に私を殺す術はあるのかい?」
カエン「殺してやる!殺してやる!」
     やたらに剣を振り回してキリツボを突き刺すが、突き刺しても、突き刺しても
     生き返るキリツボ。
カエン「クソォッ!」
     へとへとになって壁にもたれかかり、剣を投げ出し号泣するカエン。

〇洞窟の外(早朝)
     朝日が森の隙間から入り込み地面を這う霧を溶かしてゆく。
     幅広の襟のついたドレスを着たキリツボが洞窟から出て来て大きく息を吸う。
キリツボ「長い間眠ったおかげで、ヴァンパイアの血が蘇ってきたわ!さあ!ヒカルの後
    を追わなければ」
     と森の中へ歩き出す

 

〇左大臣の屋敷・馬舎の前
     人気が無い庭で、黒馬のクロが人気に気づいて鼻を鳴らす。
     ヴァンパイア姿のヒカルが姿を現す。

〇同・屋敷の廊下
     ヒカル、住人を探しながら部屋の戸を開ける。
     人気のない部屋を見渡し、不安な顔で廊下に出てくる。
ヒカル(M)「みんな、どこに行ってしまったのだ?」
     呆然としているヒカルの背中に迫る影。
ヒガシ(off)「ヒカル!お前、ヒカルだよな?」
     ハッとして振り向くヒカル。
ヒカル「!?・・・」
ヒガシ「見間違えるところだった。父上とアオイが連れていかれたよ。羅生門外の牢にい
   る。使用人はみな家に帰した」
ヒカル「あそこは奴隷の入れられる牢ではないか」
ヒガシ「そうさ、ひどい仕打ちさ」
ヒカル「ヒガシ殿は(?)・・よくご無事で」
ヒガシ「今のところは、な」
ヒカル「二人の処置はどうなるでしょう?」
ヒガシ「条件によっては、かなり危ない」
ヒカル「条件とは?」
ヒガシ「それは・・・・お前だ!お前と引き換えに二人は助かるんだよ!」
     頭を垂れ、絞り出すようにつぶやく。
ヒカル「・・・・・分かった・・・」
     ヒカルの気持ちを察したようにクロが近寄って来る。
     クロの顔を撫でて背に跨るヒカル。
ヒカル「ヒガシ殿、ご心配なく!アオイとお父上は無事に連れ戻します!クロ!いくぞ!」
     クロ、返事代わりに一声いななき走りだす。
ヒガシ「待て!ヒカル!」
     廊下にしゃがみ込み何度も床を叩くヒガシ。
     ヒカル、後ろ姿のままブーツをポンと叩いて手を振り、門を出て行く。

〇洞窟の前
     出てきたカエン、辺りを見渡し歩き回る。
カエン「どこへ行った?キリツボ・・・私としたことが、ウルフバートの剣を忘れるとは、
   唯一あの剣だけがアンプロップ家を根絶やしに出来たのに」
     と頭を掻きむしって悔しがる。

〇羅生門の外
     魔地麻呂と右大臣が門をくぐり抜け歩いて来て、牢舎へ入ってゆく。

〇牢舎の中
     柱で隙間だらけの壁を作った牢の中でぼろ布をまとったやせこけた男たちが柱
     にしがみついて警備する衛士に懇願している。
罪人A「水!水をくれ・」
罪人B「俺は無実だ!こっから出せえ!」
     左大臣とアオイ、恐怖に震え体を寄せ合って部屋の中央に座っている。
     アオイが顔を上げると、魔地麻呂と右大臣がやって来るのが見える。
     二人の後ろからに衛士に連行されたフジツボ。
アオイ「ああ~っ!」
     悲嘆の声を上げるアオイ。
左大臣「ん?(顔を上げ)アア、フジツボまで」

〇牢舎の前
     魔地麻呂と右大臣が牢に近づく。
右大臣「(警備の者へ)おい!この薄汚い者どもを横にどけろ」
警備A「はい!(囚人たちを棒でこずく)ほら!この場所からのくんだ」
     囚人が退いた後の柱の隙間から中を覗く右大臣。
右大臣「どうだ、ここの居ごごちは。欲をかかずにおとなしくしとけばよかったものをな。
   もうすぐあの屋根につるしてある首をお前の首に取り換えてやる。楽しみに待って
   るんだな」
     と、牢舎の入り口の門の屋根を指差す。

〇牢内
左大臣「アアッ!」
     門の屋根に下がった首を見て膝を落とす左大臣。
     首から目をそらし、父にしがみつくアオイ。

〇牢の前
警備の声(off)「誰だ!勝手に入れんぞ!とまれ!とまれ」
魔地麻呂「(後ろを振り向いて)大丈夫だ!通してやれ!」
     門が開いて、クロに乗ったヒカルが門番を蹴散らして魔地麻呂の前までやって
     来る。
右大臣「魔地麻呂様の思惑通りですな」
魔地麻呂「(ヒカルに)おやおや、これは又奇抜な恰好だこと」
     フジツボ、衛士の足を蹴って逃げようとするが、魔地麻呂に捕まる。
魔地麻呂「待て、待て、逃げたら罪が重くなるぞ」
フジツボ「放して!」
ヒカル「魔地麻呂!フジツボを放せ!アオイ様とお父上も牢から出すんだ!」
魔地麻呂「ほお~あのヒカル様が、随分と強気な口をきけるようになったものだ」
ヒカル「お前が欲しいのは私の命だけだろう」
魔地麻呂「よし馬から降りて剣を捨てろ!おとなしく枷をはめられたら三人は解放してやる」
     ヒカル、少し考えてから馬から降りる。
フジツボ「ヒカル様!騙されてはいけません」
魔地麻呂「剣を捨てるんだ」
     牢の柱に取りすがって叫ぶ左大臣とアオイ。
左大臣「ヒカル様!」
アオイ「ヒカル!私たちの事は構わず逃げるのよ」
     剣を捨てるヒカル。
ヒカル「三人を解放してもらおうか」
     躊躇する魔地麻呂。
右大臣「(衛士に)え~い、何をぐずぐずしている!さっさと枷をかけてしまえ!」
衛士A「ハッ!ハイ」
     ヒカル、短剣をブーツから抜いて枷をかけようとした衛士のあごを突き上げ倒
     し、魔地麻呂の喉に剣先を突き付ける。
ヒカル「取引はお終いだ!」
     フジツボが魔地麻呂の手を払ってヒカルの後ろに逃げる。
     ヒカル、素早く魔地麻呂の後ろに回り腕を取って剣を喉元に当てる。
魔地麻呂「くうう!腰抜けのヒカルがいつの間にそんな使い手になったのだ?!」
ヒカル「見込み違いで悪かったな!早く牢を開けさせろ!」
右大臣「だめだ!左大臣だけは出すんじゃない」
     ヒカル、右大臣を睨みつける。
     ビクッとおびえる右大臣。
魔地麻呂「チッ!わかったよ。牢番!牢を開けてお客さんを出してやれ」
     牢番が錠を外す。
     警備A、他の囚人たちを制して。
警備A「出ろ!」
     アオイと左大臣が牢から出て来て、ヒカルの後ろに走り寄る。
ヒカル「(前方の衛士に)道を開けろ!邪魔するとこの男の喉から血が噴き出ることにな
   るぞ!」
     魔地麻呂、恐怖におののき片手で衛士へ下がる様に指示する。
     フジツボがクロの手綱を取り、アオイ、左大臣、魔地麻呂を盾にしたヒカルの
     順に、じりじりと牢舎の門へ下がってゆく。

  

〇牢舎の門
     門をくぐり抜け、屋根につり下がった首が目に入り首をすくめる左大臣。
左大臣「ヒッ!」
     門の際まで迫って来ている右大臣と衛士。
     ヒカルと魔地麻呂に手が届くほどになっている。
     ヒカル、味方と敵を見比べて左大臣にささやきかける。
ヒカル「みんなをクロに乗せて先に行っててくれ。私は後から追いかける」
左大臣「分かった。さ、この手に足を載せて」
     と手を組む。
     アオイとフジツボをその手に足を掛け、クロの背中に乗る。
左大臣「失礼しますよ。魔地麻呂様」
     魔地麻呂を膝まづかせ肩に足をかける左大臣。
魔地麻呂「ウッ、な、なにをするんだ!」
     衛士たち、半歩前に出る。
ヒカル「動くな!剣が喉に刺さるぞ!」
     衛士と右大臣、凍り付く。
魔地麻呂「ムムム!(怒り)」
     クロの尻の方に跨る左大臣。
     ヒカル、魔地麻呂の腰から剣を抜き
ヒカル「お父上!これを!」
     と剣を差しだす。
左大臣「うむ」
     ヒカルがクロの尻を叩く。
ヒカル「さあ、クロ!行くんだ!」
     クロが走り去る。
     見送るヒカルの一瞬の隙をついて、魔地麻呂が喉元の剣を手で掴み、衛士の足
     元に転がり逃げる。
ヒカル「アッ!」
魔地麻呂「槍で突け!」
     数名の衛士が槍を構える。
     振り向いて真地麻呂を追いかけようとしたヒカルの腹に槍が突き刺さる。
ヒカル「ウッ!」
     衛士、呆然として槍から手を放すと口が裂け歯がむき出しになり咆哮するヒカル。
ヒカル「ウオ~!」
     怯む衛士たち。
衛士たち「こいつは!鬼か?!」
     ヒカル、槍を突き刺されたままドーンと仰向けに倒れる。
     魔地麻呂、立ち上がりヒカルに近寄り見下ろす。
魔地麻呂「死んだか。王宮へ運べ!母上がお喜びになるであろう」
     衛士、槍を抜いてヒカルの体を持ち上げようとすると、ヒカルの目が開く。
衛士「ヒッ!?」
魔地麻呂「な、なんだ?!」
     起き上がるヒカル、胸や腹を触り戸惑うが
ヒカル「・・・生きてる?(叫ぶ)私は死んでいないぞ!」
魔地麻呂「は、早く押さえつけろ!」
衛士たち「は、はい!」
     四方からヒカルに覆いかぶさる衛士たち。
     衛士が一人飛ばされ、二人飛ばされ、やがて静かになり、衛士たちが立ち上がる。
     手足首に枷を掛けられたヒカルが横たわっている
     魔地麻呂、ハッとして後ろの衛士長にどなる。
魔地麻呂「衛士長!お前たちは逃げた奴らを追うんだ!」
衛士長「分かりました!お前ら!整列しろ!」
     衛士長の前に衛士たちが整列。
衛士長「よし!行くぞ!」
     小走りで出発する衛士長とその部下。

〇山中の川辺
     アオイ、フジツボ、左大臣を乗せたクロが浅瀬を登ってゆく。
     クロが木々の中に消えてゆくと、キリツボが川を横切って川下へ歩いてゆく。

〇洞窟の前の木の上
     枝の上で寝そべっていたカエン、馬の足音にガバッと起き上がり緊張する。

〇洞窟の前
     森の中を歩いてきたクロ、立ち止まる。
フジツボ「どうしたの?クロ?」
     クロ、首を上下に振って鼻を鳴らす。
左大臣「(辺りを見渡し)何かありそうだ」
     左大臣、馬を降りて洞窟に行き中を覗く。
左大臣「(振り向き)ここなら良い隠れ家になりそうだ」
     左大臣、洞窟に入ってゆく。
     馬上のアオイとフジツボ、不安そうに顔を見合わせ、馬を降り左大臣の後を追う。

〇洞窟の前の木の上
カエン(M)「この連中は何者だ?キリツボはヒカル以外にも一族の種を増やしていたと
いうのか?ぐずぐずしていられない!キリツボを探さねば」
     カエン、急いで木を降りて森の外へ走って行く。

〇洞窟の中
     入って来る左大臣、アオイ、フジツボ。
左大臣「ここは3人では狭すぎるな」
フジツボ「まだ奥の方へ穴が続いているような」
左大臣「よし、もうすこし奥まで行ってみるか」
     手探りで暗闇を歩く3人。
フジツボ「あら!奥の方がうすぼんやりと光が」
左大臣「なんだ?とにかく用心して行ってみよう」

〇朱雀門・内
     手足に枷をかけられたヒカルが魔地麻呂と衛士に引き立てられてやってくる。

  

〇正殿の前
     石段の上で王妃と右大臣が待っている。
真地麻呂「母上殿、鬼を捕まえて来ましたぞ!」
     枷をかけられたヒカルを正面に立たせ衛士が左右に離れる。
王妃「十五年もの間、正妻である私が味わってきた屈辱を王の息子のお前にも償いをさせ
  てやる」
ヒカル「勝手なことを言って強欲にまみれているのはお前らだ、卑劣にも毒殺された父の
   恨みは永遠に忘れないぞ! 」
王妃「うるさい!どうせお前は処刑されて死ぬ身!」

〇森の中
     衛士長を中心に左右に一列に広がり進む追跡隊。
     草むらの向こうから現れる捜索隊。
     右端の衛士が前方を指差す。
衛士「隊長!あそこに洞窟が!」
隊長「おっ!?」

  

〇洞窟の前
     草が踏み固められた地面をしゃがみ込んで見つめていた隊長が洞窟に視線を移す。
隊長「中を調べるぞ! (振り返り)松明を用意しろ!」」
衛士1「用意してきます!お待ちください」
     隊列の一番後ろにいた衛士が森の中に駆けてゆく。

〇河原の小屋の前
     カエン、中に入ってゆく。

〇河原の小屋の中
     カエン、立てかけた草をむしり取ると隠されていたウルフバートの剣が現れる。
     剣を掴み走り出て行くカエン。

〇洞窟の奥の広間
     広間の中央にある棺の周りで上から入って来る光を見上げている左大臣、アオ
     イ、フジツボ。
アオイ「ここは一体どのような場所なのでしょうか」
フジツボ「ここに誰かがいたような気がしますが」
左大臣「しかし人が住んでいた気配がない」

〇洞窟の中
     松明を突き出す様に掲げた衛士を先頭に進む追跡隊。
     やがて奥の方が淡く光っているのを発見する。

〇洞窟の奥の広間
     左大臣が追手に気づいてアオイとフジツボを棺の後ろに隠して剣を構える。
     追手が入って来る。
隊長「こんなところへ逃げ込んでいたとは。しかし逃亡もこれまでだ!ここには助けてく
  れるものはいないぞ!」

〇洞窟の前
     二人の見張りの衛士が立っている。
     戻ってきたカエン、いぶかし気に衛士に近づいてゆく。
衛士「何者だ?こんなところで何をしている?!」
カエン「その言葉、全部こっちのセリフだ!」
衛士「何を言ってる!怪しい奴め!」
カエン「それもこっちのセリフだっていうの!」
     と言うが早く、片方の衛士に斬りつける。
     衛士、剣を抜いて防ぐがカエンが衛士の足を払い倒し馬なりになり押さえつける。
カエン「言え!お前らは何しに来たんだ!」
     その時、もう一人の衛士が後ろから切り付けて来る。
     危うく横に転がり逃れるカエン。
     尚も切り付けてくる衛士。
     そのすきに洞窟の中に逃げてゆく衛士。
     切り付けてきた衛士を反対に斬り倒し、逃げた衛士を追うカエン。

〇洞窟の奥の広間
左大臣「どうせ殺されるんだ。お前も道ずれにしてやる」
隊長「ほざけ!殺れ!」
衛士「ウオ―ッ!」
     槍で突っ込んできた衛士を倒す左大臣。
     アオイとフジツボを庇いながら壁伝いに回り込み出口の方へじりじりと移動する。
     そこへカエンから逃げてきた衛士が転がり込んでくる。
左大臣「おおっ?!」
     驚く左大臣。
隊長「死ねえ!」
     その隙をついて隊長が左大臣に斬り付ける。
     肩を押さえ、膝から崩れ落ちる左大臣。
アオイ「父上!」
隊長「女二人を捕まえろ!」
     左大臣を抱き起そうとするアオイを抱き寄せるフジツボ。
     衛士たち一歩踏み出す。
     後ずさり、怯え抱き合うアオイとフジツボ。
     突然、衛士を追ってきたカエンが現れる。
カエン「お前たち!ここで何をしてる?!」
     全員カエンに振り返り、衛士たちが硬直する。
     カエン、ぐるっと見回し、アオイとフジツボを睨む。
カエン「お前たちはキリツボの一族か!」
     アオイ、頭を二度振って否定する。
アオイ「キリツボなんて知らないわ、それにこの洞窟は偶然見つけただけよ」
フジツボ「あなたはキリツボ様のお知り合いですか」
カエン「キリツボは父の仇だ。お前がキリツボの仲間なら殺す」
隊長「なんだ、なんだ、お前さんはわしらの味方だったのかい。それなら話は早い」
フジツボ「私はキリツボ様のお子、ヒカル様の養母です。それが殺す理由ですか?」
カエン「ウッ!」
     言葉に詰まるカエン。
隊長「この二人は我々に任せてくれたまえ。王妃に連れて行った後であんたの希望通りに
  処刑する」
カエン「(隊長に)うるさい!この二人は殺さない!お前たちがここから出て行くんだ!」
隊長「な、何だと!こうなったらお前も一緒に処刑だ!(衛士たちに)お前ら!女だから
  って遠慮することは無いぞ!殺っちまえ!」
     衛士たちがカエンに襲い掛かるが、棺の蓋を盾にしてアオイとフジツボを守り、
     もう片方から襲ってくる衛士を二人倒した後、飛び上がり隊長めがけて、壁を
     走る。
     構える隊長に、剣を突き刺すカエン。
隊長「ウウッ!」
     崩れ落ちる隊長。
カエン「(衛士たちに)まだやるか!」 衛士「い、いえ!」
     意気消沈する衛士たち。
衛士「・・・逃げろ!」
     衛士たちが出口へ殺到し一人残らず消える。
     左大臣に抱き付いて泣き伏しているアオイ。
     フジツボ、アオイの肩を抱いて慰める。

〇王宮・王の間
     王座に座って居る王妃の左右に魔地麻呂が立っている。
     ヒガシが入って来る。
ヒガシ「王妃様!ヒカルを捕える事が出来たのは私の手引きによるもの!約束通り我が父
   と妹のアオイを解放して下さいませ」
     魔地麻呂、腹だたしく足で床を叩き
魔地麻呂「お前は!今までどこをほっつき歩いていたのだ!ヒカルを捕えたのは俺の力だ!
    それに、左大臣は死んだ!ぐずぐずしてるとお前も捕えるぞ!」
ヒガシ「な、何だと!・・・約束が違います!」
右大臣「さっさと去れい!これ以上しつこくするならこの場で切り殺すぞ!」
     と剣を抜く。
     体を震わせ、唇をかむヒガシ。
右大臣「殺されたいのか!」
     右大臣を睨み返し、走り去るヒガシ。

〇田舎道
     アオイとフジツボを乗せたクロと後ろからカエンが歩いてゆく。
フジツボ「アオイ様、ほら!見えてきました」
     前方に小さな屋敷が草むらを通して見えて来る。

〇フジツボの父の家・前庭
     (ススキが生い茂る丘の麓)
     クロから降りたフジツボとアオイが入って来る。
     カエン、塀の入り口で入るかどうか迷っている。
     フジツボ、振り返りカエンを呼ぶ。
フジツボ「あの?まだお名前聞いてませんでしたね」
カエン「カエンでいいよ!」
フジツボ「はい!カエンさん、どうぞお入りください」
カエン「(不機嫌に)分かったよ」

〇同・土間
     フジツボ、アオイが入って来る。カエンは入口に寄りかかる。
     元舎人のフジツボの父親が奥から出てくる。
元舎人「おうおう、よくぞ無事で帰って来たのう」
フジツボ「お父上様、都の事情はご存知で?」
元舎人「こんな田舎に引っ込んでしまったが、多少はまだ伝手があるんでな」
フジツボ「ヒカルの許嫁のアオイ様とあちらは命の恩人のカエン殿です」
元舎人「アオイ様はお美しくなられましたな。このたびは本当におつらいことで」
アオイ「いいえ、これも運命なれば・・・」
     フジツボ、サクサクとカエンに近づいて行き。
フジツボ「カエン殿!どうしてもハイッと言っていただきたいお願いがあります!」
     カエン、迫って来るフジツボの気迫に押されている。
カエン「分かったよ!やるよ。やりゃいいんだろ!」
     拍子抜けしてぽかんとするフジツボ。
カエン「・・・で?」
フジツボ「アッ!はい、・・どうかヒカル様を助けてくださいませ!今やカエン殿におす
    がりするしかありません」
カエン「カーッ!あたしの敵を助けろだぁ!?どこまで図々しいんだか・・まあいいさ、
   実は私の信条は汝の敵を愛せよ、なのさ」
     フジツボを一睨みし、ウィンクして出て行くカエン。

〇羅生門・外側
     門番に背中を叩かれ階段を転げ落ちる半裸のヒガシ。
門番「二度とそのつら見せるんじゃないぞ!」
     ヨロヨロと橋の方へ歩くヒガシ。
門の扉が閉まってゆく。

〇橋の外れ
     草むらに倒れ込むヒガシ。
     近くの林にやって来て、門の様子をうかがい、門の方へ歩いてゆくカエン。
     草むらを通るカエンの足首を掴む。
     手ギクッとして飛びのくカエン。
カエン「な、何だ?!」
     恐る恐る近づいて覗き込むカエン。
     虚ろな目で、ゆっくり上半身を起こすヒガシ。
カエン「おまえ!何やってるんだ?そんな恰好で」
ヒガシ「カエン!・・・俺は・・俺はろくでなしの裏切者だ・・俺が、父上とアオイを殺
   したも同然だ・・・」
     カエンを力なく見上げる。
カエン「・・・お前が何をしたのか知らんが、アオイさんとやらは生きているぞ」
ヒガシ「アオイが生きている?(カエンの腕をつかんで)なんでお前がアオイの事を知っ
   ているのだ?」
カエン「洞窟で衛士共から助けた。今度はヒカルを助けてくれだとさ。私はヴァンパイア
   らしからぬお人好しなんだ」
     ヒガシ、またへなへなと仰向けに倒れ込む。
ヒガシ「良かった・・・・」

〇王宮・王の間
     王妃が不安気に魔地麻呂に訴えながら入って来る。
王妃「キリツボが墓から迷い出てヒカルを捜して衛士たちを襲っているというではないか!」
魔地麻呂「臆病者の噂話など気にせずに」
     王妃、王座に座る。
王妃「それに槍を刺しても死なないと」
魔地麻呂「母上!・・・かならずキリツボを捕えて処刑して見せましょう」

〇真夜中の小路
     衛士が辺りをキョロキョロしながら大声で話をしながら巡回している。
衛士1「明日の早朝にあの鬼のような化け物の処刑が行なわれるそうだ」
衛士2「場所は?」
衛士1「羅生門の面前だ!」
     角を曲がり、別の巡回隊とすれ違う。
別の衛士3「よう!処刑の話は聞いたか?」
衛士2「もちろんだ!明日の早朝だな!」
     塀に隠れて聞いているキリツボ。

〇小路の角(真夜中)
     キリツボの後方の角を曲がってやって来るカエンとヒガシ。
     カエン、人影に気づいてヒガシを引き戻し隠れる。
カエン「(ひそひそと)キリツボがいる」
ヒガシ「知り合いか?」
カエン「知り合いを見付けて隠れる奴がいる訳ないだろ!」
ヒガシ「じゃ、誰なんだよ」
カエン「キリツボっていえば、ヒカルの母親じゃないか。・・・私の、
   親の仇だ!」
     ピタリとカエンの後ろに近寄るキリツボ。
キリツボ「私が親の仇だって?」
     硬直するカエンとヒガシ。
カエン「ウッ!」
ヒガシ「ンッ!」
キリツボ「明日、ヒカルが処刑される。ヒカルを取り戻すのを手伝ってほしい」
     「アッ」と振り向き、
     キリツボを凝視するカエンとヒガシ。

〇大路(早朝)
     羅生門に向かって、数名の護衛で連行されてゆくヴァンパイア服の偽ヒカル。

〇羅生門の脇の塀の屋根
     キリツボ、カエン、ヒガシの3人が屋根に隠れ、偽ヒカルが連行され近づいて
     来るのを見つめている。
キリツボ「ヒカル!なんて哀れな姿に。早く助けて上げて!」
ヒガシ「シーッ!」
     とキリツボを睨む。
     カエン、キリツボを無視して道の両側を見つめている。
カエン「何か、変だ・・・」
ヒガシ「行こうぜ」
     屋根を降りてゆくヒガシ、カエン、キリツボ。

〇羅生門前の大路
     ヒガシ、階段を駆け下り、偽ヒカルと護衛士めがけて突っ走る。
護衛士A「来たぞ!」
     偽ヒカルを囲み、剣を抜き構える護衛士たち。
     ヒガシ、正面の護衛士Aを斬り倒す。
     護衛士Bがヒガシに気を取られた隙にカエンが屋根から滑空してきて護衛士B
     切り倒す。
護衛士C「このッ!」
     斬り付けてきた護衛士Cを蹴り倒し、偽ヒカルの左手を取る。
カエン「お前を助けに来た!」
     塀に沿った木々に隠れていた大勢の衛士が立ち上がる。
     偽ヒカル、枷を瞬間で外し、隠し持っていた剣でカエンの腹を刺す。
カエン「何?!」
     よろけるカエン。
カエン「お前!・・おとりか?」
     キリツボ、走って来る。
     ヒガシ、カエンを支える。
ヒガシ「カエン!だいじょうぶか?」
カエン「図られた!こいつは偽者だ」
     カエン、偽ヒカルの右手を掴んでゆっくり腹に刺さった剣を抜く。
偽ヒカル「ムムッ!」
カエン「残念だったな。私はこんなものでは死なん」
     カエン、剣を抜くや否や、偽ヒカルの顔を一刀両断する
偽ヒカル「ンガッ!」
キリツボ「何てこと?!」
     駆け付けた衛士たち、思わず足を止める。
     キリツボ、偽ヒカルに取りすがる。
キリツボ「ヒカル!死なないで!」
     カエンにつかみかかるキリツボ。
キリツボ「あれほど頼んだのに!」
カエン「そいつはヒカルじゃない!」
     ジリジリと間を詰めてくる衛士達。
ヒガシ「逃げるぞ!」
     走るヒガシ。
カエン「(キリツボに)捕まりたくなかったら、逃げるんだ!」
     カエンも、ヒガシの後を追う。
     振り向いて衛士たちの方を見るキリツボ。
衛士「死ねぇ!」
     衛士たち、キリツボに剣を振り上げ襲い掛かる。
     剣が振り下ろされた瞬間、キリツボの体がゴムで引っ張られたように後ろに飛
     んで行く。
     あっけにとられる衛士たち。

〇王宮・王の間(昼)
     王妃、玉座から立ち上がり魔地麻呂に詰め寄る。
王妃「キリツボを取り逃がした?!お前に全て任せた結果がこれか?」
魔地麻呂「ヒカルの仲間が増えている。即刻ヒカルを処刑します」

〇丘の上(昼)
     カエンとヒガシが、座ってキリツボを待っている。
ヒガシ「キリツボ様はうまく逃げられたのかな」
カエン「心配いらないわ。(振り返り)ほら来た」
     キリツボが二人の後ろにやって来て、膝を付いてカエンの肩をゆする。
キリツボ「カエン!ヒカルを生き返らせろ!」
カエン「まだ納得できないの?ヴァンパイアがそう簡単に死ぬわけがないって言ったのは
   お前じゃないか!」
ヒガシ「キリツボ様、あの男は明らかに偽物です」
キリツボ「・・・では、ヒカルはどこに?」
ヒガシ「王宮の中の牢に入っているはずです」
キリツボ「ここでぐずぐずしている場合ではない手遅れにならないうちに行かなければ」
     カエン立ち上がる。
カエン「分かってる!」

〇王宮の裏門(昼)
     門を飛び越え中に入るカエンとキリツボ、中からかんぬきを外して門を開けヒ
     ガシを入れる。
     王宮へ走る3人。

〇王宮の中(昼)
     ヒガシを先頭に走るカエンとキリツボ。
     ヒガシ、最初の建物を過ぎたところで立ち止まる。
     辺りを見廻し左の方を指差し
ヒガシ「こっちだ」
     走り出す。
     後に続くカエンとキリツボ。

〇牢の入口(昼)
     ヒガシ、カエン、キリツボがやって来る。
ヒガシ「ここにつながれているはずだが、警備兵もいない?」
     ヒガシ、扉を押してみる。
     簡単に開いてしまう扉。
     警戒しながら中に入ってゆく3人。

〇牢の中
     ヒガシ、カエン、キリツボが牢の中を覗いてゆくが、囚人も警備兵も誰も居な
     い。
ヒガシ「・・・処刑場だ!急ごう!」
     入口へ戻るヒガシとカエン、キリツボ。

〇牢の外
     ヒガシ、カエン、キリツボが外に出てくると、見回り中の衛士隊が建物の角を
     曲がってやって来る。
衛士A「あ!怪しい奴!ひっ捕らえろ!」
     5、6名の衛士が走って来る。
     ヒガシとカエン、剣を抜いて待ち構える。
衛士A「(横の衛士に)応援を呼べ」
     横の衛士、立ち止まり笛を吹く。
     ヒガシたちを取り囲む衛士たち。
カエン「この連中は私に任せて、早くヒカルを追え!」
ヒガシ「分かった!行きましょう!キリツボ様」
キリツボ「ええ!」
     二人走り出そうとすると、大勢の衛士がやって来て二人の前に立ちふさがる。
ヒガシ「クソッ!カエン殿、こりゃ全員で突破するしかなさそうだ」
カエン「任せて!私の後に付いて来て!」
     正面の衛士を斬り倒し、ズンズン進むカエン。
     カエンの後ろにピタリと付いてゆくヒガシとキリツボ。
キリツボ「この際だ、王妃に王の落とし前を付けさせる」
     王妃のいる王宮・王の間へ向かうキリツボ。
ヒガシ「待って!キリツボ様!(カエンへ叫ぶ)カエン殿!」
     キリツボを追う衛士を斬り倒し、後を追うヒガシ。
     衛士の槍の突きに防戦しているカエン、キリツボに気づいて
カエン「キリツボ!どこへ行く?」

〇王宮・王の間
     玉座に座って居る王妃。
     戸を開け放し乱入してくるキリツボ。
キリツボ「王妃様!私への数々の迫害と王を殺害した数々の大罪を清算して頂きましょう」
     衛士が入って来てキリツボを取り囲む。
王妃「こ、この化け物を!殺せ!」

    

〇同・王の間の外
     ヒガシが階段で壁を作って守る衛士たちに阻まれ、中に入る事が出来ない。
     カエンも加勢するが衛士の槍に阻止される。

〇同・王の間
     槍の突きや剣の動きを巧みにかわしているキリツボだが、後ろから突かれた槍
     が横腹に刺さる。
キリツボ「ウッ!」
     倒れるキリツボ。
衛士「殺ったぞ!」

〇同・王の間の外
     振りかぶってきた衛士の剣を払い、顔面を斬り降ろすヒガシ。
     カエン、衛士の突いてきた槍を取り上げ、その槍を水平に構え飛ぶように突き
     進み一人倒し、二人倒し王の間の中へ入いろうとする。
     が、次から次と衛士が攻撃してくる。

〇同・王の間
     玉座から王妃を逃がそうとする衛士に守られキリツボの死体を見下す王妃。
王妃「フン!口ほどもない!」
     むっくりと起き上がるキリツボ、腹に刺さった槍を引き抜き捨てる。
衛士たち「オオオッ!」
キリツボ「我がヴァンパイア族にとってこれしきの傷など何ほどの物でもない!」
     恐怖におびえる衛士たち。
王妃「ほ、本当に化け物じゃ!」
     衛士に守られ震えながら階段を降り逃げる王妃。
キリツボ「逃がさぬ!」
     追うキリツボ。
     呆然としていた衛士たち、目が覚めたように王妃とキリツボを追いかける。

〇同・建物間道1
     衛士に守られた王妃、走って建物の角を曲がって行く。
     後を追う衛士の群れと、その後ろから角を曲がってくるキリツボ。

    

〇同・間道2
     両側に小さな家屋の塀が連なる道を走る王妃と衛士。
     王妃たちが走る道の家屋の左側を走って追いかけるキリツボ。
          走る王妃とキリツボの前に塀が迫ってくる。
     ちらちらと王妃の方を見ながら走るキリツボ。
     アッと前を向いた瞬間、塀にぶつかり跳ね返され倒れる。
     王妃と側近は難なく右に曲がり、走ってゆく。
     キリツボ、ふらつきながらも起き上がり追いかける。

〇同・武具舎前
     側近が王妃を武具舎の中に引き入れる。
側近「王妃様!こちらへ!」

    

〇通路
     肩側に弓矢や槍、鎧などが置かれ、片側に人と同じ身長の土偶が立ち並んでい
     る通路を急ぐ側近と王妃。

    

〇同・武具舎前      衛士たちが武具舎の前を固める。
     追いついてきたキリツボ、衛士と対峙する。
キリツボ「お前ら!そこをどかぬか!」
     その時、飛ぶように走ってきたカエンが、剣を振り回し、衛士たちを退かせる。
     その隙をついて、通路へ駆けてゆくキリツボ。
     衛士たち、通路へ殺到する。
     カエン、衛士を剣で倒しながら通路に入る。

〇通路出口
     外に出てくるキリツボ。
     王妃と共に土偶に隠れていた側近の一人がキリツボと目が合い、怖さのあまり
     一体の土偶(仮面の女神)を押し倒してしまう。
側近「アッ!?」
キリツボ「アッ!」
     十字形をした土偶がキリツボの胸に倒れてくる。
キリツボ「ギャア!熱い!」
     キリツボ、土偶を振り払うが体にくっきりと十字形の焦げ跡が付いてくすぶっ
     ている。
キリツボ「ウオウ~!」
     激しく身もだえするキリツボ。
     土偶を倒した側近の男、足元に転がっている丸太の杭を拾い、ふらつくキリツ
     ボへ突進する。
     通路から出てきたカエン、走る男に気付き
カエン「キリツボ!危ない!」
     側近へ剣を投げるカエン。
     側近の背中に剣が突き刺さり丸太を落としてのけぞる側近。
     キリツボに倒れ込む側近。
     迫って来る側近に恐怖するキリツボ。
キリツボ「ウギャア!」
     側近とキリツボが重なって倒れ込む。
     土偶の後ろから息をのんで見つめている王妃。
     キリツボに重なって倒れ込んでいる側近が横に転がり落ちると、側近の胸から
     剣先が突き出ている。
     カエン、駆け寄って来て、キリツボを抱き起そうとするが体から煙が出てきて
     くすぶり始める。
     思わず退くカエン。
     遠巻きに呆然と見つめている衛士たち。
     ヒガシ、カエンの後ろに立ち呆然としている。
     キリツボの体が次第に灰の魂になって行く。
     ヒガシ、カエンを見つめて
ヒガシ「急がないとヒカルの命も危ない」
     放心しているカエン。
     ヒガシ、強くカエンの背中を叩く。
ヒガシ「行くぞ!」
カエン「(ハッとして)ああ!」

〇野原
     走るカエンとヒガシ。

〇丘の上
     ヒガシ、丘の上で立ち止まり、頭を垂れゼイゼイ息をする。
     カエン、ヒガシの背中をさすり、走り出す。
     のろのろと動き出すヒガシ。

〇河原の処刑場
     魔地麻呂の前で地面に座らされ、目隠しされ後ろ手で縛られた貫頭衣姿のヒカル。
     首に縄を掛けられ、左右の屈強な男が縄を回して首を絞めてゆく。
     横で太った男が大ぶりの剣を持って立っている。

    

〇河原の見える林の中
     カエンとヒガシが走っている。

〇河原の処刑場
     縄が首にくい込んできて息が苦しくなり口を開け体が震えてくるヒカル。
魔地麻呂「(横の男に)早いとこ済ましちまおう。鬼といえども首を切り落としてしまえ
    ば、さすがに死ぬしかないだろう」
男「おうよ」
     頭の上で剣を振り回し勢いをつけ、ヒカルの首めがけて水平に剣を振る。
     ポーンと空中に舞い上がるヒカルの頭部。

    

〇処刑場の近くの河原
     カエンとヒガシ立ち止まり、空中に飛んだヒカルの頭を見つめる。
ヒガシ「遅かったか」
     ガクッと膝をついて嘆くヒガシ。
     カエン、ヒガシの肩に手を置いて平然として
カエン「こうなったら早いとこ、頭と体をくっつけようじゃないか」
ヒガシ「ん?」

〇処刑場
     ヒカルの頭が護衛衛士の前に落ちて転がる。
衛士「おお~!」
     ヒカルが立ち上がり、頭を捜すしぐさで歩きまわる。
魔地麻呂「こ、これは!ど、どうゆうことだ?!」
男「こ奴!まだ生きてるのか!」
衛士「やっぱり、こいつは人間じゃない!」
     衛士たちが震えあがる。
     カエンがヒカルの頭を拾ってヒカルの体に近づいてゆく。
カエン「ヒカル殿、動かないでくださいね」
     ヒカルの体が振り向く。
     カエン、頭をヒカルの首に載せる。
     驚愕の目でじっと見つめる魔地麻呂と衛士たち。
     ヒガシ、ヒカルの後ろに回り目隠しを外し、手を縛っている縄を剣で切り離す。
     ヒカル、目を開け鋭い眼光で魔地麻呂を睨む。
     怯む魔地麻呂。
魔地麻呂「お、お前は本当にヒカルなのか?」
ヒカル「私は誇り高きヴァンパイア族の末裔だ!」
     処刑人の男が虚勢を張って怒鳴る。
男「こいつは呪術で人を惑わしているだけだ! 騙されるな!みんな、殺っちまえ!」
     ヒカル、カエン、ヒガシを取り囲む衛士、処刑人の男と魔地麻呂。
カエン「(ヒカルへ)飛ぶよ!」
ヒカル「よし!」
     カエンとヒカル、ジャンプして衛士の後ろに着地して倒す。
     ヒガシが倒れた衛士を乗り越えヒカルの後を追う。
     カエンが先を走り、ヒカル、ヒガシの手を引っ張り走る。
     衛士たちが3人を追いかけるが、どんどん離されてゆく。
     地団太を踏む魔地麻呂。
魔地麻呂「クソッ!クソッ!」

    

〇王宮
     ヒカルを真ん中に左右にヒガシ、カエンが剣を手に、朱雀門を背に堂々と王の
     間に向かって歩いて来る。
     怯える衛士たちはじりじりと下がってゆく。

〇同・王の間の館
     玉座にしがみつく王妃。
     玉座の前に魔地麻呂と処刑人男二人、屈強な衛士十数人が待ち構えている。
     階段を上ってくるヒカル、カエン、ヒガシ。
     ヒカル一歩進み叫ぶ。
ヒカル「王妃!これまでの非道の報いを受けよ!」
王妃「もう、お前らのことなど、怖くはないわ!お前らの弱点はこれだ!魔地麻呂、やっ
  ておしまい!」
魔地麻呂「化け物はこれでお終いだ!前に出せ!」
     玉座の壁の後ろから、十字形をした二体の土偶が衛士に押されて現れてくる。
     ヒカルとカエン、顔を手で覆い、倒れもがく。
魔地麻呂「もがけ!もがけ!」
     一体の土偶がヒカルの上に倒れてくる。
     ヒガシ、土偶に体当たりして跳ね飛ばす。
ヒガシ「悪いが、俺にはそんな小手先は効かんゾ」
     ヒガシ、もう一体の土偶を支える衛士に斬り付け倒す。
     粉々になった土偶。
ヒガシ「ヒカル!カエン!もう大丈夫だ」
     震えが止まり立ち上がるヒカルとカエン。
     魔地麻呂がヒカルに斬り付けてくる。
     ヒカルと魔地麻呂の戦い。
     カエン、魔地麻呂に加勢する衛士を倒しまくる。
     処刑人男二人と斬り合いになるヒガシ。
     一人を倒し、もう一人を押しまくってゆく。
     と柱の陰から右大臣が斬り付けてくる。
     ヒガシの腕から鮮血がほとばしる。
ヒガシ「右大臣!こんなところに隠れてたか!」
     ヒガシの剣先が右大臣の鼻先をかすめ柱に食い込み抜けなくなる。
右大臣「ヒィ~ッ!」
     後ろから斬りつけた男の剣を交わして、男に組みつき投げ倒し剣を
     拾って右大臣を追うヒガシ。
     柱から柱へ逃れる右大臣の前に剣を突き付け立ちはだかるカエン。
右大臣「クソ!」
     右大臣が振り向くとヒガシが追い付いてくる。
ヒガシ「父の恨みをくらえ!」
     右大臣の剣をかわし腹に剣を突き刺す。
     ゆっくりと倒れる右大臣。
     ヒカル、土偶の欠片に足を取られ倒れる。
     そこへ魔地麻呂の剣が振り降ろされる。
     剣先が床に刺さり、刃先がヒカルの頬に触れて血がにじんでいる。
     魔地麻呂の顔が苦痛に歪みヒカルの体の横に倒れる。
     仰向けになった魔地麻呂の腹にヒカルの剣が突き刺さっている。
     玉座にしがみつき震えている王妃。
     冷ややかに見つめるヒカル、カエン、ヒガシ。

〇元舎人の家
     アオイとフジツボ、縁側で夕焼けを眺めている。
     カエン、庭先へ入って来る。
フジツボ「あ、カエンさん!」
     アオイ、立ち上がり
アオイ「どうぞ、中にお入りください」
カエン「いや、要件伝えたらすぐ帰るので、お構いなく」
     フジツボも立ち上がる。
フジツボ「悪い方の知らせですか?」
カエン「いいえ!王妃一派は一掃されました。ヒカル殿が王宮でアオイ様とフジツボ様を
   お待ちしています」
     アオイの顔に満面の笑みが広がる。
アオイ「ヒカル様が!・・・」
カエン「それでは、私はこれで」
フジツボ「あの、もう少しゆっくりして行ってくださいませ」
カエン「先を急ぎますので」
     一礼してそそくさと出て行くカエン。
     カエンを見送り、手を取って笑顔で見つめ合うアオイとフジツボ。

〇王宮・王の間の館
     玉座の前に並んで立っているヒカルとヒガシ。
ヒガシ「キリツボ様はなぜあの土偶に焼かれてしまったのでしょう?ヒカル殿も土偶が苦
   手なようですし」
ヒカル「自分でもうまく説明できないのだ。でも母上の胸には剣が貫かれていた。母上を
   殺したのは、本当はカエンじゃないのか?」
ヒガシ「う~ん、あの光景は恐ろしいやら、不思議やらで、俺にははっきりした事が分か
   らないのだ」

〇夜雨に煙る羅城門
     ヒカル、雨降る中愛馬にまたがり走って来る。
     門の前で止まり、左右を見渡し、
ヒカル「カエン!・・どこだ?そこにいるんだろ!」
     屋根を見上げる。

〇屋根の上
     しびに寄りかかり瞑想するカエンに雨が吹き付けている。
カエン(M)「私はあの時本当は、助けたかったのだろうか。本当はこれ幸いと復讐を成
      し遂げたのではないのか」
     反対側のしびの前に立っているヒカル。
ヒカル「カエン・・母を殺したのか?」
     カエン、ゆっくり目を開ける
カエン「私は・・・殺してはいない」
ヒカル「ヴァンパイアを殺せるのは(カエンを指差し)お前の他に誰がいるというのだ!」
カエン「ヒカル!キリツボは十字の土偶に焼かれたのだ!私は助けようとしたのに・・・」
     ヒカル、剣を抜きカエンに向かって突進する。
ヒカル「問答無用!母の仇!」
     胴を狙って剣を左から右に水平に切り付ける。
     カエン、ウルフバートの剣でヒカルの剣を払い上げる。
     ヒカルの剣が宙に弾き飛ばされ、屋根から滑り落ちそうになるが留まる。
     後ろ向きになったヒカルの背中にウルフバートを振り下ろすカエン。
     ヒカル、振り向きざま剣で受け止めるが、足が滑り倒れる。
     カエン、剣を突き刺すが巧みにかわすヒカル。
     ヒカル、カエンの剣を持った腕を掴み、カエンはヒカルの剣を持った腕を掴み、
     二人が絡み合ったまま屋根を転がり落ちてゆく。

〇二階の廊下
     ヒカルとカエン、片手で屋根の端につかまり剣を打合う。
     カエンの剣がヒカルの剣を叩き落とし、腹を突き刺そうとする。
     ヒカル、カエンの腕を足で蹴り上げる。
     カエンの剣が宙に投げ出される。

カエン「アッ!」
     次の瞬間カエンが屋根から手を離し、スッと落下してゆく。
     と、カエンがヒカルの足首を掴んで反動をつけ廊下へ飛んで行く。
     急激に下に引っ張られてヒカルの手が屋根から離れ体が落下してゆく。
     カエン、欄干から身を乗り出し下を見る。と
     かろうじて欄干に手を掛け、反動を利用して宙返りして、カエンの顔に足から
     突っ込むヒカル。
     板戸を破り部屋の中に飛び込ンで行くカエンとヒカル。

   

〇部屋の中
     カエン、床に転がり落ちる。
     ヒカルは背負い投げを食らった格好で向こう側の板に激突する。
     ふらふらと立ち上がるカエン。
カエン「アンピロップ家の血を根絶やしにする」
     額を血だらけにしたヒカルが立ち上がろうとした瞬間、思い切り腹を蹴られる。
ヒカル「グェッ!」
     カエン、かろうじて立っているヒカルを回し蹴りで板戸に吹っ飛ばす。
     ヒカル、板戸を破り廊下に飛び出す。

  

〇二階の廊下
     欄干に叩きつけられたヒカルずるずると床に崩れ落ちる。
     カエンが近づき、ヒカルの襟元を掴み引きずり上げる。
カエン「しぶとい奴だ」
ヒカル「ああっ、俺はヴァンパイアだったって事が良く分かったよ」
     カエン、その言葉に頭に血が上る。
カエン「それなら心おきなくマルベリー家の復讐が出来るというものだ!」
     カエン、思い切りヒカルの腹に剣を突き刺す。
ヒカル「グッ!」
     ヒカル、歯を食いしばり、右手でカエンの肩を掴み、爪を食い込ませる。
ヒカル「ムムム!」
     ゆっくりとカエンから体を離すとヒカルの左手が血だらけで剣先を掴んでいる。
カエン「(驚愕する)クソッ!」
ヒカル「ウオ~ッ!」
     ヒカル、剣を握ったまま右手でカエンを持ち上げ、地上に投げつける。
カエン「あああ~!」
     ヒカルも間髪を入れず、飛び下りる。
     水平に落下するカエンの脚に飛びつき、足でカエンの顔を蹴り下にする。

    

〇地面
     カエンの頭が地上に激突する瞬間、コウモリの群れがカエンの頭の下に殺到し
     てマットレスを作る。
     コウモリのマットレスでかろうじてぺしゃんこを免れ地面に転がるカエンとヒ
     カル。
     ふらつきながらも落とした剣を発見したカエン、気絶したままのヒカルに歩み
     寄り、両手で剣の柄を握り、突き刺そうとするが、躊躇する。
カエン「ヒカル、早く眼を覚ましてくれ」
     ヒカル、目を覚まし、体を回転してカエンの一撃を逃れる。
     ヒカル、迫ってくるカエンを見つめながら、両手で何かを探して必死に地面を
     擦る。
カエン「これまでだ!ヒカル!」
     と、ヒカルの体にまたがり剣を持ち上げ、目を閉じる。
     もがくヒカルの手がくいを掴む。
     カエン剣を突き降ろす。
     ヒカル杭を立てる。
     重なり合うカエンとヒカル。
     カエンの体がグラッと揺れ、ヒカルの横に倒れる。
     ヒカルの喉すれすれにカエンの剣が地面に突き刺さり、仰向けに倒れたカエン
     の胸には杭が突き刺さっている。
ヒカル「カエン・・・・」
     朝日が差し込み始めると、炎が出てきてカエンの体が燃え始める。
ヒカル「こ、これは!・・・」
     衝撃を受けるヒカル。
     炎の中でカエンが泣いている。
カエン(M)「ヒカルと朝焼けを見たかった・・・」
     灰色の土になり、灰になって飛び散り消滅するカエン。

〇王宮・王の間
     玉座に座っているヒカル。
     玉座の前に警備隊長としてヒガシが立っている。
     衛士に引き立てられて玉座の前の床にひれ伏す。
ヒカル「王妃よ、お前は王の恩恵を受けながら、己の野望を成し遂げる為に王を裏切り、
   あまつさえ毒殺する残虐さはお前の命を奪う事で償えるものではない。死ぬより
   もっと過酷な刑を受けよ。お前は一生屋根の下で過ごすことは許さぬ、獣の様に
   荒野を流浪うのだ!」
     頭を垂れた王妃の顔が絶望に歪む。
ヒガシ「連れてゆけ!羅生門から放り出すのだ!」

〇羅生門の外
     ぼろぼろの薄布を身に付けただけの姿の王妃がうつろに門を見上げている。
門番「いつまでもそんなところでうろうろするな!早く行くんだ!」
     背中を丸めてとぼとぼ原野に向かう王妃。

〇王宮
衛士「新しい王がお出ましになりました!」
     廊下に出てくる王冠を戴いたヒカルとアオイ。
     後ろから、フジツボ、元舎人、ヒガシ、役所の長たちが付いて来ている。
     王宮の前の大路には、大勢の正装した衛士、男女の貴族、役人とその家族たち
     が集まって祝福している。
人々の声「王様、バンザ~イ!」
     警護隊長として胸を張るヒガシ。
     不安なまなざしをヒカルに向けるフジツボ。
     ヒカルの隣に寄り添うアオイが微笑むと牙がむき出しになる。

                                       完